勘三郎さんルーツに墓参

先日亡くなった第18代中村勘三郎さんのルーツ

今回徳島県に帰省時に勘三郎さんのルーツが徳島県三好市と話に聞いて検索してみた。

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四国新聞記事(2009年4月22日)
香川県琴平町の金丸座で開催中の「四国こんぴら歌舞伎大芝居」の座頭・第18代中村
勘三郎さんがこのほど、初代中村勘三郎の父とされる中村右近大夫重勝墓所のある
徳島県三好市池田町の桂林寺(内田好明住職)を初めて訪れ、墓参りをした。
歌舞伎の名跡・中村勘三郎の出自が琴平からひと山超えた阿波池田町にあったことになり、
勘三郎さんは「中村18代目を継がせてもらった人間として墓参りができて、こんなうれしい
ことはない」と感慨深そうだった。
中村右近大夫重勝徳島藩主・蜂須賀家の家老。
尾張中村郷(名古屋市)から秀吉の家老7人のうちの1人として阿波国に入国した
中村右近大夫重友の子で、池田城代などを務めたが、大坂冬の陣で討ち死にした。
勘三郎さんは「先祖は名古屋の方と聞いていたが、中村家の家紋『角切銀杏』の事跡が
桂林寺にあり、間違いないように思う」と確認していた。
勘三郎さんは「先代17代の月命日(16日)の前に手を合わさせてもらい、
父が知っていればもっとよろこんでもらえたのに」と感無量の面持ち。
「中村家祖先400年の歴史を大切にし、次回は中村座としてお参りしたい」と話していた。
墓参りは琴平町観光協会、阿波讃岐交流会によって実現。
1日2回公演の合間を縫って同寺を訪れて祖先を確認した勘三郎さんは、徳島名物の
阿波おどりの歓迎を受け、表情を和ませていた。

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以上、四国新聞記事を引用しました。 意外な同県人でした。