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88箇所四国歩き遍路1〜43で紹介してない写真を逆順に載せてゆきます
Shikoku pilgrimage 88 and bangai 20, BACK TO THE ICHIBAN

☆☆
88番大窪寺 ⇒ 番外別格20番大瀧寺(88箇所総奥の院
☆☆


4月9日
88番大窪寺 ( Iouzan Okuboji, 88th of Shikoku 88)
H450m
第88番札所 医王山 大窪寺 (いおうざん おおくぼじ)
本尊  薬師如来 (やくしにょらい 伝、弘法大師作) 
真言  「おん ころころ せんだり まとうぎ そわか」
開基  行基菩薩
宗派  真言宗太覚寺派
御詠歌 なむやくし しょびょうなかれと ねがひつつ まいれるひとは おほくぼのてら
↖  88番大窪寺(オオクボジ)境内図

☆ 結願への最後の十八㌔の山路をたどる。長い遍路の旅もここが終着・結願の寺である。「お大師さんのおかげで巡拝できた」そのよろこびははかりしれない。寺伝によれば元正天皇のころ、行基菩薩がこの地に留錫し、弘法大師が唐から帰国してより、現在の奥ノ院の岩窟で求聞持の法を修し、大きな窪のかたわらに堂宇を建立して自刻の薬師如来を安置した。これが大窪寺のはじまりで、後に女人高野ともいわれ、参拝者で賑わったという。そそり立つ胎蔵ヶ峰を背景に本堂があり、礼堂・中殿・奥殿(二重多宝塔)からなり、ご本尊の薬師如来は奥殿に安置されている。薬壺のかわりにほら貝をもった尊容をされ、このほら貝ですべての厄難諸病をふきはらうといわれる。強い信仰のささえがあってこそ巡拝中におかげをうけたのである。打ち終えた遍路は大師堂で感謝の勤行をすませ、決まり事ではありませんが、杖・菅笠を納めてゆく人がいます。 ☆ (四国ネットより)

二天門の大わらじ 15:56 09.04.2013 Large straw sandals of Niten Gate

大師堂から本堂への路脇の石仏で奥の院への上りは後ろの稜線道です 15:55 09.04.2013 Precincts of the Ookuboji temple

88番大窪寺境内の大銀杏 15:55 09.04.2013 Precincts of the Ookuboji temple

本堂右前の不動明王像 15:36 09.04.2013 Fudo

大師堂から本堂に行く途中から奥の院への上り道があります 15:36 09.04.2013 Precincts of the Ookuboji temple

88番大窪寺の大師堂の丘からの二天門  15:35 09.04.2013 Precincts of the Ookuboji temple

88番大窪寺の大師堂の右隣の手前に原爆の火と後ろの釈杖下が遍路の宝杖堂です 15:35 09.04.2013 Precincts of the Ookuboji temple

88番大窪寺の大師堂(風避けか囲いが設けてあります) 15:34 09.04.2013 Daishi hall

山門(仁王門)の右に鐘楼、手前の丘の上に大師堂 15:34 09.04.2013
Precincts of the Ookuboji temple

鐘楼から仁王門は近すぎて 15:12 09.04.2013 Sanmon

88番大窪寺の大きな山門は寺の西側にあり女体山越えや二天門からの入山者には案外と知られて無いようです  15:10 09.04.2013 Sanmon of the Ookuboji temple
☆☆


4月9日
番外別格20番大瀧寺 ( Fudaisan Otakiji, Ex. 20th of Shikoku 88 )
H913m
番外別格20番札所大瀧寺
四国88箇所総奥の院 福大山 大瀧寺 (ふくだいさん おおたきじ)
本尊  西照大権現 
真言  「なむ にしてる だいごんげん」
開基  行基菩薩
宗派  真言宗御室派 準別格本山
御詠歌 霊峰の 岩間にひらく 法の道 厄をながして 衆生ぞすくわる
☆ 略縁起、奈良時代神亀三年)行基菩薩が、塩江より御登山になり、阿讃山脈秀峰に一寺を建立し、阿弥三尊を安置されました。平安時代の初期、延暦十年(西暦788)弘法大師も、「三教指帰」と云う大師の著書にはっきりと記されています様に「求聞持修法」をされ、弘仁六年(807年)弘法大師四十二才、二度目の登山のときに、現世の男女厄難消除、万民安楽の為に、西照大権現の御尊像を安置し、法華経を一石毎に書き、男女厄流しの秘法を修されました。又、天安二年(858年)聖宝尊師(理源大師)が登山され、高野槙を御手植になり、男女厄除厄流の大護摩を修法されました。その法が今に伝わり厄流しの寺として有名です。又、八十八番大窪寺との関係が深く東大窪寺、西大瀧寺の名で呼ばれ、別格二十ヶ寺中で最も高い海抜九百四十メートルの大瀧山上にあります。徳川時代には、高松藩(徳川)と徳島藩家老の稲田氏の祈願所と成っておりました。当時は度々炎上して現在寺宝としては、別にありませんが江戸時代には、阿波讃岐登山道に鳥居の数十八基在りました。
●西照大権現(一宇)●奥の院熊野十二社大権現(江原町清水の上)
●龍王堂●護摩堂 ●観音堂 ●弘法大師御自突ノ杖 ●不動堂
弘法大師御影堂 ●鐘楼堂 ●仁王門 案内・地図、JR徳島本線穴吹駅よりJRバスで脇町へ、脇町からはタクシー(電話にて呼ぶ)で30分。車の場合、脇町から国道193号線を北上、夏子ダムの前を左へ、寺に至る。塩江温泉からは県民いこいの森の標識あるところを左折し、小道を進んで寺に至る(カーブが多いので運転注意)。☆ (四国ネットより)

峠からすこし山を下りました 08:53 09.04.2013 a little down the mountain from the pass

峠(標高920m)から西へ入ると西照神社、峠の向こうを右折すると別格20番大滝寺です  08:47 09.04.2013 Otaki pass

同じく大滝山の峠道から東側 08:47 09.04.2013 Views from pass

大滝山の峠道から東側の山並みは讃岐山脈で大滝山もこれの一部  08:46 09.04.2013 Views from pass

西照神社境内  08:45 09.04.2013 Precincts of a Nishiteru shrine

別格20番大瀧寺の南側、次の写真の少し東方面  08:34 09.04.2013 Views from the bekkaku Otakiji temple

別格20番大瀧寺の南側、前方の山並みは四国山脈で山すそは脇町方面  08:34 09.04.2013 Views from the bekkaku Otakiji temple

別格20番大瀧寺を石段したから 08:34 09.04.2013 Stone steps to the temple

別格20番大瀧寺の大師堂軒先 たくさんの杖が忘れられています 08:13 09.04.2013 Daishi hall of the Otakiji temple

別格20番大瀧寺の本堂軒先 07:52 09.04.2013 Main hall of the bekkaku Otakiji temple

四国88箇所総奥の院、別格20番大瀧寺の本堂 07:52 09.04.2013 Main hall of the otakiji temple

別格20番大瀧寺の線香立  07:52 09.04.2013 Incense stand

別格20番大瀧寺の本堂を西側から 07:52 09.04.2013 Main hall of the bekkaku Otakiji temple

別格20番大瀧寺の本堂を東側から 07:51 09.04.2013 Main hall of the bekkaku Otakiji temple

別格20番大瀧寺の鐘楼 左手は西照神社への階段てすり  07:51 09.04.2013 Bell tower

別格20番大瀧寺の手水は元栓が締まっており蛇口回しても水が出なかった  07:51 09.04.2013 Chozu

別格20番大瀧寺 07:50 09.04.2013 Bekkaku Otakiji temple