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88箇所四国歩き遍路1〜43で紹介してない写真を逆順に載せてゆきます
Shikoku pilgrimage 88 and bangai 20,BACK TO THE ICHIBAN

☆☆
83番一宮寺 ⇒ 番外別格19番香西寺 ⇒ 82番根香寺
☆☆


4月7日
83番一宮寺 ( Shingouzan Ichinomiyaji, 83rd of Shikoku 88 )
H37m
第83番札所 神豪山 一宮寺 (しんごうさん いちのみやじ)
本尊  聖観世音菩薩 (せいかんぜおんぼさつ 伝、弘法大師作)
真言  「おん あろりきゃ そわか」
開基  義渕僧正
宗派  真言宗御室派
御詠歌 さぬきいち みやのみまへに あふぎきて かみのこころを たれかしらゆう
↖  83番一宮寺(イチノミヤジ)境内図

☆ 高松郊外にあり周囲が住宅化してゆく中で一宮寺は古い姿をとどめている。縁起によれば、大宝年間(七〇一〜三)に義渕僧正が開き、はじめは大宝院と称し、法相宗に所属していたが、諸国に一宮が建てられたとき、行基菩薩が堂塔を修築し、田村神社の第一別当職となり、寺号も一宮寺に改められた。大同年間(八〇六〜一〇)に弘法大師が留まり、聖観音像を刻んで安置し、本尊とした。後に兵火にかかり、第二別当職にあった弥勒寺と末寺は没収されたが、一宮寺は残った。しかし長曽我部元親の兵火で堂塔は灰燼に帰し、憎宥勢によって再興された。延宝七年(一六七九)には、高松城松平頼重により田村神社別当職を解かれ、神仏は分離するのである。現在もこの名残りをとどめ、仁王門の前は神社の境内地。本堂右に大師堂と庫裡・納経所があり、左に宝治元年(一二四七)建立の三基の石の宝塔がある。一宮御陵とよばれ、孝霊天皇百襲姫・五十狭芹彦命のものという。☆ (四国ネットより)

83番一宮寺の境内、後ろは大師堂 13:37 07.04.2013 Precincts of the Ichinomiya temple

83番一宮寺の境内 13:36 07.04.2013 Precincts of the Ichinomiya temple

83番一宮寺の鐘楼 13:35 07.04.2013 Bell tower of the ichinomiya temple

83番一宮寺の手水 13:35 07.04.2013 Chozu

83番一宮寺の山門(仁王門)13:12 07.04.2013 Sanmon of the Ichinomiya temple

83番一宮寺の境内と鐘楼 13:11 07.04.2013 Precincts of the Ichinomiya temple
☆☆


4月7日
番外別格19番香西寺 ( Hotouzan Kouzaiji, Ex. 19th of Shikoku 88 )
H10m
番外別格第19番札所 宝幢山 香西寺 (ほうとうざん こうざいじ) 
本尊  延命地蔵菩薩 (えんめいじぞうぼさつ)
真言  「おん かかか びさんまえ そわか」
開基  行基菩薩
宗派  真言宗大覚寺派
御詠歌 なむだいひ えんめいじぞう だいぼさつ みちびきたまへ このよのちのよ
☆ 略縁起、奈良時代に僧行基により開創され、初め勝賀山のふもとにあり勝賀寺といった。平安初期に僧空海弘法大師)が再建し現地に移した。嵯峨天皇勅願寺に選ばれて、寺禄貫を賜り、朱雀天皇のとき、談議所(僧徒学問所)に選定された。鎌倉時代、この地の豪族香西左近将監資村(香西氏の祖)が、幕命をうけ堂塔を再建し香西寺と改称す。その後細川頼之が当寺を本津(香西東町)に移し、十一代香西元資は寺号を地福寺と改称す。天正年間戦火にあい、生駒親正が国主となり、再建ののち高福寺と名を変えた。満治元年、またも失火のため旧寺域(現在の地)へかえることになった。寛文九年、藩主松平頼重公が新伽藍を建立落慶し、別格本山・香西寺となる。その後当時の七堂伽藍はほとんど失火で焼失し、現在の建造物はその一部である。寺宝の毘沙門天立像(木造・檜一本造り、平安時代初期101センチ)は昭和十六年十一月、重要文化財に指定され、藤原時代弘仁佛としては、全国的にも逸品である。案内・地図、高松駅より香西車庫行き、弓弦羽行または玉越行バスにて「中塚」下車、徒歩2〜3分。車の場合、瀬戸大橋よえい瀬戸大橋通り(讃岐浜街道)を高松方面に向かい、香西芝山の信号を右折し、次の信号を越えて30メートル進み、タバコ屋の角を右へ上る。普通車50台駐車可。バスは寺院入り口付近の市道に駐車可。 ☆ (四国ネットより)

番外別格19番香西寺の境内 09:46 07.04.2013 Precincts of the bekkaku Kozaiji temple

番外別格19番香西寺本堂と線香立 09:45 07.04.2013 Main hall and Incense stand

番外別格19番香西寺境内の石仏 09:44 07.04.2013 Precincts of the bekkaku Kozaiji temple

番外別格19番香西寺の厄除け大師像 09:44 07.04.2013 Precincts of the bekkaku Kozaiji temple

番外別格19番香西寺毘沙門堂 09:44 07.04.2013 Bishamon hall

番外別格19番香西寺の鐘楼と大師堂(左) 09:28 07.04.2013 Bell tower and Daishi hall

番外別格19番香西寺の境内 09:28 07.04.2013 Precincts of the bekkaku Kozaiji temple

番外別格19番香西寺の石段下  09:27 07.04.2013
Precincts of the bekkaku Kozaiji temple

山門から境内へ 09:27 07.04.2013 Approach from the temple Sanmon

番外別格19番香西寺参道脇のお迎え毘沙門天と山門 09:25 07.04.2013 Sanmon and Bishamon Image
☆☆


4月7日
82番根香寺 ( Aominezan Negoroji, 82nd of Shikoku 88 )
H357m
第82番札所 青峰山 根香寺 (あおみねざん ねごろじ)
本尊  千手観世音菩薩(せんじゅかんぜおんぼさつ 智証大師作)
真言  「おん ばざらたらま きりく そわか」
開基  弘法大師
宗派  天台宗(単立)
御詠歌 よひのまの たへふるしもの きへぬれば あとこそかねの ごんぎゃうのこゑ
↖  82番根香寺(ネゴロジ)境内図

☆ 弘法大師は入唐前にこの山へ登って草庵を結び、霊場とした。天長九年(八三二)智証大師が青峰の麓へ巡錫したとき、白髪の老翁(市之瀬明神)があらわれ「ここは観世音の霊地で三谷ある。毘沙門谷に行場を、法華渓に本堂、後夜谷には法華三昧の道場をつくり、また、蓮華谷の香木で本尊の観世音を刻むように」と告げた。その後智証大師は青峰に登り、老僧と出会うが、この老僧は山の守護神の山王権現であったことから、山を開くにあたり、市之瀬明神と山王権現を鎮守としてまつり、香木で観世音の尊像を刻んで先の老翁のいうごとく安置した。この香木の根の香りがあまりにも高いので寺名となり、また、香りが川に流れて香ることから「香川」の県名がつけられたともいう。智証大師が伽藍を建立後盛んになり、後白河天皇の勅願所にもなった。現存本堂への廻郎には戦後の勧進による万体観音像が奉安されている。☆ (四国ネットより)

82番根香寺の大師堂 07:30 07.04.2013 Daishi hall of the Negoroji temple

82番根香寺の線香立 07:29 07.04.2013 Incense stand

82番根香寺の境内  07:19 07.04.2013 Precincts of the Negoroji temple

82番根香寺の山門の右わらじ 07:11 07.04.2013 Sanmon andf straw sandals

82番根香寺の山門石柱 07:11 07.04.2013 Sanmon and Stone columns

82番根香寺の山門 07:11 07.04.2013 Sanmon of the Negoroji temple