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88箇所四国歩き遍路1〜43で紹介してない写真を逆順に載せてゆきます
Shikoku pilgrimage 88 and bangai 20, BACK TO THE ICHIBAN

☆☆
69番観音寺 ⇒ 68番神恵院 ⇒ 67番大興寺 ⇒ 番外別格16番萩原寺 ⇒ 66番雲辺寺
☆☆


4月3日
69番観音寺 ( Shippouzan Kannonji, 69th of Shikoku 88 )
H17m
第69番札所 七宝山 観音寺 (しっぽうざん かんのんじ)m
本尊  聖観世音菩薩 (せいかんぜおんぼさつ)
真言  「おん あろりきゃ そわか」
開基  日証上人
宗派  真言宗大覚寺派 
御詠歌 かんのんの だいひのちから つよければ おもきつみをも ひきあげてたべ
↖  69番観音寺(カンノンジ)境内図

☆ 寺伝によれば、大師は神恵院霊場に定めた時、神功皇后は観世音の生まれかわりとして聖観世音菩薩の尊像を刻まれ、山の中腹に七宝山観音寺を創建して尊像を安置し、八幡宮別当寺として六十九番の霊場に定めた。仁王門を入った右に本堂(金堂)がある。文明四年から大永五年(一四七二〜一五二五)の間に大修復し、昭和三十四年にも解体修理して、重要文化財に指定されている。観音寺の伽藍配置は奈良興福寺の東西金堂、中本堂の制にならっており、中本堂には聖観世音、西金堂には薬師如来と十二神像、東金堂には弥勒菩薩を安置していた。現在は西金堂に神恵院があり、薬師如来は本堂に奉安されている。大師堂は神恵院への石段の登り口にある愛染堂に隣接し、庫裡では一山二ヵ寺分の納経朱印を扱っている。ところで本尊厨子の裏板には、貞和三年(一三四七)常州下妻の僧の落書があり、このころ下妻(茨城)から四国遍路に訪れていることが知られる。☆ (四国ネットより)
☆☆


4月3日
68番神恵院 ( Shippouzan Jinenji, 68th of shikoku 88 )
H18m
第68番札所 七宝山 神恵院 (しっぽうざん じんねじ) 
本尊  阿弥陀如来 (あみだにょらい 伝、弘法大師作)
真言  「おん ありみた ていぜい から うん」
開基  日証上人
宗派  真言宗大覚寺派
御詠歌 ふゑのねも まつふくかぜも ことひくも うたぶもまふも のりのこえごえ
↖  68番神恵院(ジンネイン)境内図

☆ 観音寺市へ入り、財田川を渡ると琴弾山(五八・六㍍)の麓。それから中腹へと石段がつづいている。神恵院と次の六十九番観音寺は同一境内にある。文武天皇のころ、法相宗の日証上人が山頂に草庵を結んで修行していたとき、海のかなたに神船が浮んで琴の音が聞こえ、宇佐八幡のおつげがあり、その神船と琴をひきあげて山頂にまつった。この神船は神功皇后ゆかりのある船なので皇后の像も合祀し、大宝三年(七〇三)八幡の本地仏である阿弥陀如来の尊像を安置した。養老六年(七二二)には行基菩薩が巡錫し、後に弘法大師もこの地に巡錫して阿弥陀如来の尊像を描いて本尊とし六十八番の霊場に定め、寺号を琴弾山神恵院と名づけた。明治の神仏分離八幡宮に安置の阿弥陀如来は観音寺の境内に移遷され、琴弾八幡宮神恵院に分離し、それぞれ独立して神恵院は観音寺と同居のかたちをとり、本堂、大師堂は一段高いところに移建した。☆ (四国ネットより)

69番観音寺68番神恵院の山門と石段 16:49 03.04.2013 Stone steps to the temple

69番観音寺68番神恵院の山門から観音寺市内の方向 16:48 03.04.2013 Views from Sanmon

69番観音寺の大楠の木と本堂(右)と大師堂(左) 16:47 03.04.2013 The Okutsu tree and Daishi (left) and Main (right) hall of Kannonji

69番観音寺68番神恵院の共通納経所 16:44 03.04.2013 Noukyosho of the temple of both 68th and 69th

68番神恵院の大師堂(正面)で右端の赤い堂は69番観音寺の大師堂 16:41 03.04.2013 神恵院は正面の山頂に琴弾八幡宮として創建されたが明治の廃仏希釈で観音寺境内に神恵院として移された

69番観音寺68番神恵院の山門から境内の石灯籠 16:41 03.04.2013 Stone lantern

69番観音寺68番神恵院の境内 16:40 03.04.2013 Precincts of the temple

69番観音寺68番神恵院の境内 16:40 03.04.2013 Precincts of the temple

69番観音寺の本堂 16:39 03.04.2013 Main hall of the Kannonji temple

69番観音寺68番神恵院の鐘楼 16:39 03.04.2013 Bell tower of both temples

68番神恵院の大師堂 16:39 03.04.2013 Dashi hall of the Jinenji temple

69番観音寺の大師堂 16:38 03.04.2013 Daishi hall of the Kannonji temple
☆☆


4月3日
67番大興寺 ( Komatsuozan Daikouji, 67th of Shikoku 88 )
H76m
第67番 小松尾山 大興寺 (こまつおざん だいこうじ)
本尊  薬師如来 (やくしにょらい 伝、弘法大師作)
真言  「おん ころころ せんだり まとうぎ そわか」
開基  弘法大師
宗派  真言宗善通寺派
御詠歌 うゑおきし こまつをでら ながむれば のりのおしへの かぜぞふきぬる
↖  67番大興寺(ダイコウジ)境内図

☆ 縁起によれば、弘仁十三年(八二二)嵯峨天皇の勅命で弘法大師熊野三所権現鏡護の霊場として開創し、ご本尊の薬師如来を彫刻して安置された。後に真言、天台の二宗によって管理され、真言が二十四坊、天台は十二坊あって本堂の左右に真言、天台の大師堂があった。その後天正の兵火で本堂を残して他の堂塔を焼失し、現存の建物は慶長年間に再建されたもの。雲辺寺から約十二㌔下って、仁王門より、大師お手植えの楠と榧の老樹を見ながら石段を登ると正面の本堂へ達する。かつて東大寺の末寺に属し台密二教の道場として栄えたがその面影はない。しかし現存の諸堂はいずれも修築し整備されている。仁王門は八百屋お七の父か恋人の吉三のいずれかが、お七の菩提を弔うために遍路となり、その途中に寄進したとも伝えられる。寺の名は大興寺だが、地元の人や遍路は山号にちなんで小松尾寺と親しみよんでいる。☆ (四国ネットより)

67番大興寺の山門(右)13:34 03.04.2013 Sanmon of the Daikoji temple
 
67番大興寺の山門から本堂への石段 13:33 03.04.2013 Stone steps to the main hall from Sanmon

67番大興寺の境内 13:33 03.04.2013 Precincts of the Daikoji temple

67番大興寺の本堂 13:31 03.04.2013 Main hall

67番大興寺の境内 13:31 03.04.2013 Precincts of the Daikoji temple

67番大興寺の鐘楼(右)と五台大師堂(中央)13:31 03.04.2013 Bell tower and Daishi hall

67番大興寺の本堂 13:01 03.04.2013 Main hall of Daikoji temple

67番大興寺の鐘楼 13:01 03.04.2013 Bell tower of Daikoji temple
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4月3日
番外別格16番萩原寺 ( Kyougouzan Hagiwaraji, Ex. 16th of Shikoku 88 )
H80m
番外別格第16番札所 巨鼇山 萩原寺 (きょごうざん はぎわらじ) 
本尊  伽羅陀山火伏地蔵菩薩(からださんひぶせじぞうぼさつ 弘法大師作)
真言  「おん かかか びさんまえ そわか」
開基  弘法大師
宗派  真言宗大覚寺派
御詠歌 尊くも 火伏をちかふ 地蔵尊 はぎの御山に 世を求ふらむ
☆ 略縁起、地蔵院と号し平城帝の大同二年弘法大師の開創であり、朱雀天皇勅願談議所であった。不動明王は大師ご自身で霊験古今に顕著である。のちには細川勝元公の祈願所にもなる。往古には伊予、阿波、讃岐に多数の末寺を有した。六法憲深方一流の本山としての法灯が伝わり温座護摩は有名である。また、急就章、法華曼陀羅図、銅水瓶、金銅塔鈴、金銅割五鈷杵など寺宝も多く保存されている。県指定自然記念物の萩があり「萩」の名所として広く知られている。なお、当寺の弁財天は女菩薩・女神にして仏説如意陀羅尼経に無量却より以来大慈大悲を修習して一切衆生のために大良福田となると、慈悲福徳学芸才能の女仏女神として広く思慕敬愛せられております。案内・地図、観音寺駅よりタクシーで10〜15分。車の場合、高松自動車道大野原ICより標識に従って五分。普通車100台、バス50台駐車可。☆ (四国ネットより)

番外別格16番萩原寺客殿の大門 11:21 03.04.2013 Daimon of reception hall

番外別格16番萩原寺の山門 11:21 03.04.2013 Sammn of the Bekkaku Hagiwaraji temple

番外別格16番萩原寺の山門から参道を見る 11:13 03.04.2013 Approach from the temple Sanmon

番外別格16番萩原寺の鐘楼と山門  11:12 03.04.2013 Bell tower and Sanmon

番外別格16番萩原寺の境内 11:12 03.04.2013 Precincts of the bekkaku Hagiwaraji temple

番外別格16番萩原寺の境内 11:12 03.04.2013 Precincts of the bekkaku Hagiwaraji temple

番外別格16番萩原寺の手水と鐘楼 11:11 03.04.2013 Chozu and bell tower

番外別格16番萩原寺の境内 11:11 03.04.2013 Precincts of the bekkaku Hagiwaraji temple
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4月3日
66番雲辺寺 ( Kyougouzan Unpenji, 66th of Shikoku 88 )
H900m
第66番札所 巨鼇山 雲辺寺 (きょごうざん うんぺんじ) 
本尊  千手観世音菩薩 (せんじゅかんぜおんぼさつ 伝、弘法大師作)
真言  「おん ばざらたらま きりく そわか」 
開基  弘法大師 
宗派  真言宗御室派
御詠歌 はるばると くものほとりの てらにきて つきひをいまは ふもとにぞみる
↖  66番雲辺寺(ウンペンジ)境内図

☆ 山麓雲辺寺口から寺への五・五㌔の登りは「へんろころがし」といわれる急勾配の坂道で横峰寺を上廻る難所。しかし、自動車道が開通し、中型車までは海抜千㍍の寺までゆける。大師が十六歳のとき、寺の建築材を求めて登山したところ、深遠な霊山のおもむきに心うたれて堂宇を建立したのがこの寺のはじまりで、大同二年(八〇七)嵯峨天皇の勅を奉じてふたたび登山し、ご本尊を彫刻して仏舎利と毘盧遮那法印(仏法石)を山中に納め、霊場に定めた。その後四国高野といわれ、阿波、土佐、伊予、讃岐の各坊があって学僧が集まり、学問道場として盛んであった。鎌倉時代には七堂伽藍が整備され、阿波、伊予、讃岐の関所でもあった。また、江戸時代になってからは蜂須賀家の祈願所にもなり、手厚い庇護をうけたが、現在は往時面影はみられない。寺域はまさに雲上の世界。周囲の山々に霧がかかり雲の中の霊場。☆ (四国ネットより)

66番雲辺寺の山門と石段 09:01 03.04.2013 Stone steps and temple Sanmon

66番雲辺寺の本堂 08:47 03.04.2013 Main hall of the Unpenji temple

66番雲辺寺護摩堂 08:47 03.04.2013 Gomado

66番雲辺寺の境内 08:46 03.04.2013 Precincts of the Unpenji temple

66番雲辺寺の大師堂 08:45 03.04.2013 Daishi hall of the Unpenji temple

66番雲辺寺の大師堂 08:45 03.04.2013 Daishi hall of the Unpenji temple

66番雲辺寺の境内 08:45 03.04.2013 Precincts of the Unpenji temple

66番雲辺寺の山門と手水と鐘楼 08:21 03.04.2013 Sanmon, Chozu, Bell tower of the Unpenji temple

66番雲辺寺の山門脇 08:20 03.04.2013 Sanmon of the Unpenji temple

霧に煙る66番雲辺寺 08:19 03.04.2013 Precincts of the Unpenji temple