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88箇所四国歩き遍路1〜43で紹介してない写真を逆順に載せてゆきます
Shikoku pilgrimage 88 and bangai 20, BACK TO THE ICHIBAN

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32番禅師峰寺 ⇒ 31番竹林寺 ⇒ 30番善楽寺 ⇒ 29番国分寺 ⇒ 28番大日寺 ⇒ 27番神峯寺 ⇒ 26番金剛頂寺 ⇒ 25番津照寺 ⇒ 24番最御崎寺 ⇒ 番外別格4番鯖大師〜23番薬王寺 
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3月11日
32番禅師峰寺 ( Hachiyouzan Zenjibuji, 32nd of Shikoku 88 )
H85m
第32番札所 八葉山 禅師峰寺 (はちようざん ぜんじぶじ)
本尊  十一面観世音菩薩 (じゅういちめんかんぜおんぼさつ 伝、弘法大師作)
真言  「おん まか きゃろにきゃ そわか」
開基  行基菩薩
宗派  真言宗豊山派
御詠歌 しづかなる わがみなもとの ぜんじぶじ うかぶこころは のりのはやぶね
↖  32番禅師峰寺(ゼンジブジ)境内図

☆ 五台山をあとに、下田川を渡り、トンネルを抜けると、目前に百㍍あまりの小高い山があらわれる。この山容が観世音の補陀洛山(理想の山)さながらで八葉の蓮台に似ていることから、大同二年(八〇七)弘法大師が巡錫して八葉山の山号をつけ、霊場としたという。山麓から頂上の寺までの急な坂道を登り、仁王門へたどりつくと、奇怪な岩石があり、幽寂な空気がただよう。弘法大師はこの山に登られて求聞持の修法をされ、土佐沖を航行する船舶の海上安全を祈願して、自刻の十一面観世音を安置された。以来「…のりのはやぶね」とご詠歌にあるように船魂の観音」とよばれ、歴代の藩主は浦戸湾を出帆するとき、必ず海上安全を祈った。また、一般漁民の信仰もあつく、一般には峰寺ともよばれている。境内からは遠く桂浜がみえる。白砂青松の美しい砂浜で西に龍王、東に龍頭の岬があり砂浜は弓形にながくのびている。☆ (四国ネットより)

32番禅師峰寺の境内、本堂(右)と大師堂 16:47 11.03.2013 Precincts of the Zenjibuji temple

32番禅師峰寺の山門と石段 16:40 11.03.2013 Stone steps to the temple Sanmon
☆ 麓から山道を登っていくと右に庫裏・納経所への分岐を過ぎると手水場があり山門に至る。山門脇には不動明王像が立つ。さらに石段を上ると右手に鐘楼があり正面奥に本堂が建つ。本堂左手に大師堂があり、その左には地蔵堂、阿弥陀堂がある。山上からは土佐湾が一望できる。 ☆  (Wikipediaより)
☆☆


3月11日
31番竹林寺 ( Godaisan Chikurinji, 31st of Shikoku 88 )
H121m
第31番札所 五台山 竹林寺 (ごだいさん ちくりんじ)
本尊  文殊菩薩 (もんじゅぼさつ 伝、行基菩薩作)
真言  「おん あらはしゃ なう」
開基  行基菩薩
宗派  真言宗智山派
御詠歌 なむもんじゅ みよのほとけの ははときく われもこなれば ちこそほしけれ
↖  31番竹林寺(チクリンジ)境内図

☆ 聖武天皇は唐の五台山で文殊菩薩を拝まれている夢をみられ、わが国にもこれに似た霊地があるにちがいないと、行基菩薩に探し出すよう命じられた。神亀元年(七二四)行基菩薩は五台山に似た山容を見つけ、ここに寺を建立し、栴檀の木に文殊菩薩を刻んで安置した。これが竹林寺のはじまりで、後に弘法大師が巡錫され、札所に定められた。五台山は高知市の中心から約六㌔。海抜百三十四㍍の山頂からは高知市街や、浦戸湾、浜まで一望できる。ここは高知第一の景勝地。現存の本堂は文殊堂ともよばれ、文明年間の建立。単層、入母屋造り、柿葦で堂内には秘仏の本尊文殊菩薩が安置されており、本堂の向いに大師堂、一段高いところに総高三十二㍍朱塗もあざやかな五重塔がある。塔は昭和五十五年の建立。夢窓国師の庭園や宝物舘もある。はりまや橋で知られる純信・おうまの悲恋物語。純信は寺の脇坊、妙高寺の僧でその寺跡は牧野植物園になっている。☆ (四国ネットより)

31番竹林寺の山門から境内 14:58 11.03.2013 Approach from the temple Sanmon

31番竹林寺の境内 14:56 11.03.2013 Precincts of the Chikurinji temple

31番竹林寺五重塔 14:56 11.03.2013 Five-story pagoda of Chikurinji temple

31番竹林寺の地蔵像 14:56 11.03.2013 Zizo

31番竹林寺の石段 14:35 11.03.2013 Stone steps to the Chkurinji temple

31番竹林寺の山門にて 14:34 11.03.2013 Sanmon of the Chikurinji temple

31番竹林寺の山門への石段 14:32 11.03.2013 Stone steps to the Sanmon
☆ 右手に納経所のある本坊、左手に宝物館・鐘楼がある参道から右に折れ石段を上り、途中の山門をくぐって上り詰めると平地に出て手水場の奥に五重塔が見え、左手に大師堂がある。右に進むと本堂が建ち、その先に聖天堂がある。本堂裏手には奥の院とされている船岡堂があり、この周辺に子安地蔵、稲荷社、五智如来がある。☆  (Wikipediaより)
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3月11日
30番善楽寺 ( Todozan Zenrakuji, 30th of Shikoku 88 )
H13m
第30番札所 百々山 善楽寺 (とどざん ぜんらくじ) 
本尊  阿弥陀如来 (あみだにょらい)
真言  「おん あみりた ていせいから うん」
開基  弘法大師
宗派  真言宗豊山派
御詠歌 ひとおほく たちあつまれる いちのみや むかしもいまも さかへぬるかな
↖  30番善楽寺(ゼンラクジ)境内図

☆ 国分寺から高知の市街へ入る手前に土佐一宮がある。かつては神辺郷といい、土佐では最も古く開けたところで、桓武天皇のころ、弘法大師がこの地に巡錫し、土佐一ノ宮の別当寺として善楽寺を建立し、三十番の霊場とした。以来、一ノ宮別当寺として法灯を維持してきたが、明治の廃仏毀釈で廃寺となった。昭和四年、大師像や寺宝がもどり、三十番善楽寺は復興する。なお善楽寺の廃寺を受け、三十番札所の代行を務めていた安楽寺は現在三十番奥ノ院となっている。霊場の中でも復興が遅く、アスファルトの境内に銅ぶきの本堂が建立する、近代的な寺院だが厄払いや、交通安全の霊験あらたかと言われている厄除大師や文化十三年に作られた首から上の病に、御利益があると伝えられている梅見地蔵等、御詠歌にもあるように昔も今も変わらず、お参りの方々で賑わっています。 ☆ (四国ネットより)

30番善楽寺の隣の土佐神社の桜門(神光門) 12:52 11.03.2013 Sakura-mon (shinko-mon) of Tosa Shrine

30番善楽寺の隣の土佐神社の桜門(神光門)前にて 12:12 11.03.2013 Sakura-mon (shinko-mon) of Tosa Shrine

30番善楽寺の境内 11:47 11.03.2013 Precincts of the Zenrakuji temple

30番善楽寺の境内 11:28 11.03.2013 Precincts of the Zenrakuji temple

30番善楽寺の境内 11:28 11.03.2013 Precincts of the Zenrakuji temple
☆ 土佐神社参道の右手に石柱門が立つ。境内に入ると手水場があり、大師堂、本堂の順で並んでいる。その間には不動明王像、修行大師像が立つ。本堂の向かい側には地蔵堂、子安地蔵、梅見地蔵が並ぶ。庫裏・納経所は大師堂の左側に並んでいる。☆  (Wikipediaより)
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3月11日
29番国分寺 ( Manizan Kokubunji, 29th of Shikoku 88)
H14m
第29番札所 摩尼山 国分寺 (まにざん こくぶんじ) 
本尊  千手観世音菩薩 (せんじゅかんぜおんぼさつ)
真言  「おん ばざらたらま きりく そわか」
開基  行基菩薩
宗派  真言宗智山派
御詠歌 くにをわけ たからをつみて たつてらの すえのよまでの りやくのこせり
↖  29番国分寺(コクブンジ)境内図

☆ 野市から日章、後免へと田園地帯をたどる。「土佐はよい国南をうけて、年にお米が二度とれる」と、香長平野では水稲二期作が盛んで、水田開発にあたった野中兼山の名はよく知られている。国分寺は後免駅から北西へ約四㌔入った国分川の北にある。こんもりとした樹木におおわれ、その周囲には往時を物語る土壇が残っている。明暦元年(一六五五)の仁王門を入れば、柿茸き寄棟造りの金堂(本堂)がある。外観は天平様式を伝え、内部は室町末期の作風が見られるという。優雅でしっとりとした感じの建物。寺は聖武天皇の勅を受けた行基菩薩が、本尊千手観世音を刻んで天平十三年(七四一)に開創し、後に大師が巡錫し、毘沙門天を刻まれて奥ノ院へ安置し、本堂で厄除を祈られ、星供の秘法を勤修された。以来星供の根本道場といわれ、大師像は、星供大師といわれる。境内庭園は手入れがいきとどき、静かで落着いた書院がある☆ (四国ネットより)

29番国分寺の境内 09:35 11.03.2013 Precincts of the Kokubunji temple

29番国分寺の境内 09:35 11.03.2013 Precincts of the Kokubunji temple

29番国分寺の境内 09:35 11.03.2013 Precincts of the Kokubunji temple

29番国分寺の境内 09:37 11.03.2013 Precincts of the Kokubunji temple

29番国分寺の境内 09:10 11.03.2013 Precincts of the Kokubunji temple
☆ 山門をくぐって進んでいくと右側に手水場、鐘楼が、左手に開山堂がある。正面奥に本堂が建ち、その左に大師堂がある。この前に酒断地蔵がある。鐘楼の先を右に入ると中門があり、突き当りに光明殿、左に庫裏・納経所がある。 ☆ (Wikipediaより)
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3月11日
28番大日寺 ( Houkaizan Dainichiji, 28th of Shikoku 88 )
H73m
第28番札所 法界山 大日寺 (ほうかいざん だいにちじ)
本尊  大日如来 (だいにちにょらい 伝、行基菩薩作)
真言  「おん ばざらだとばん」
開基  行基菩薩
宗派  真言宗智山派
御詠歌 つゆしもと つみをてらせる だいにちじ などかあゆみを はこばざらまし
↖  28番大日寺(ダイニチジ)境内図

☆ 江戸時代のころ土佐の国へ入るには、国手形(身分証明書)や添手形(通行許可書)指定された道の通行、期間、一定の旅費を所持した者などこまかい制約があった。遍路は大師の遺跡を苦行して歩く求道者であるが、このころは社会の敗残者がまぎれこみ、きびしい取蹄りとなった。現代は自由で物資も豊富、交通機関も発達し、それだけに信仰の旅が観光になりかねないけれど、土佐は修行の霊場、精進したい。神峰から野市を経て大日寺までおよそ四十㌔、小高い山の中腹までの参道を登ると、こじんまりとした本堂がある。寺の開基である行基菩薩が刻まれた大日如来(国重文)が安置され、大日堂と称していた。脇仏は二体の観音像。大同年間に弘法大師が巡錫されて楠に薬師如来を刻まれ「爪彫薬師」として知られ、この尊像は二百㍍先へ入った奥ノ院に安置されている。明治のはじめに廃寺となったが同十七年に再興し、寺名を大日寺に改称。近年になって、大師堂が新築された☆ (四国ネットより)

28番大日寺の境内と鐘楼  07:07 11.03.2013 Bell tower and Precincts of the Dainichiji temple

28番大日寺の境内 07:06 11.03.2013 Precincts of the Dainichiji temple

28番大日寺の地蔵堂(六角堂) 07:06 11.03.2013 Zizo hall(Rokkakudo) of Dainichiji

28番大日寺の鐘楼 06:49 11.03.2013 Bell tower of the Dainichiji temple

28番大日寺の境内(正面は本堂) 06:49 11.03.2013 Precincts of the Dainichiji temple

28番大日寺の境内 06:48 11.03.2013 Precincts of the Dainichiji temple
☆ 石段の途中に立つ山門を入ってさらに上って行くと左に鐘楼が、右に手水場がある。奥に進むと右手に地蔵堂(六角堂)、左に大師堂があり、正面奥に本堂が建つ。本堂の左に鎮守堂がある。手水場から左に折れると左に不動堂、庫裏・納経所がある。 ☆  (Wikipediaより)
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3月10日
27番神峯寺 ( Chikurinzan Kounomineji 27th of Shikoku 88 )
H425m
第27番札所 竹林山 神峯寺 (ちくりんざん こうのみねじ)
本尊  十一面観世音菩薩 (じゅういちめんかんぜおんぼさつ 伝、行基菩薩作)
真言  「おん まか きゃろにきゃ そわか」
開基  行基菩薩
宗派  真言宗豊山派
御詠歌 みほとけの めぐみのこころ こうのみね やまもちかいも たかきみづおと
↖  27番神峯寺(コウノミネジ)境内図

☆「真っ縦」といわれる勾配四十五度の一.三㌔の急坂で知られた土佐の関所。寺のある山頂までは三・三㌔あるが、遍路で難行した宮地達観氏の奉仕で自動車道が開通し、歩かずして山門までゆける。三菱王国を築いた岩崎弥太郎の母は、幕末のころ弥太郎の開運を祈願して、この急坂を登り、二十一日の間二十㌔離れた井ノ口から神峯寺へ日参した。やがて、弥太郎は大成し後に山林を寄進し、報恩を感謝している。寺の縁起によれば、当初天照大神、その他諸神が祀られ、後に行基菩薩が自ら十一面観音を刻んで安置し、神仏を合祀した。大同四年には勅命によって観音堂と名づけられ、廷暦年間に四国霊場に定められた。明治の神仏分離で一時廃寺となったが、明治十七年再興された。山門は龍園尼の発願で建立。本堂、大師堂は急な山の斜面に建てられている。境内には清澄な霊水が湧き出ており眼下に美しい紺青の海原が望まれる☆ (四国ネットより)

27番神峯寺の境内 08:02 10.03.2013 Precincts of the Konomineji temple

27番神峯寺の境内 08:01 10.03.2013 Precincts of the Konomineji temple

27番神峯寺不動尊像 08:01 10.03.2013 Fudo

27番神峯寺の本堂 08:00 10.03.2013 Main hall of the Konomineji temple

27番神峯寺の境内 07:59 10.03.2013 Precincts of the Konomineji temple

27番神峯寺の大師像 07:51 10.03.2013 Bronze statue of Daishi

27番神峯寺の本堂への石段 07:50 10.03.2013 Stone steps to the main hall

27番神峯寺の庭園と本堂への石段  07:48 10.03.2013 Stone steps to the main hall

27番神峯寺の鐘楼 07:48 10.03.2013 Bell tower and Spring water

27番神峯寺の境内 07:45 10.03.2013 Precincts of the Konomineji temple

27番神峯寺の山門 07:43 10.03.2013 Sanmon of the Konomineji
☆ 仁王門をくぐると左に手水場が、その先右側に鐘楼が、左側に庫裏・納経所があり、石段手前の右側に神峯の水が湧く。石段を上って行くと経堂(聖観世音菩薩像を安置)があり左に進むと本堂が、右に進むと大師堂がある。 ☆  (Wikipediaより)
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3月9日
26番金剛頂寺 ( Ryuzuzan Kongouchouji 26th of Shikoku 88 )
H161m
第26番札所 龍頭山 金剛頂寺 (りゅうずざん こんごうちょうじ)
本尊  薬師如来 (やくしにょらい 伝、弘法大師作)
真言  「おん ころころ せんだり まとうぎ そわか」
開基  弘法大師
宗派  真言宗豊山派
御詠歌 おうじゃうに のぞみをかくる ごくらくは つきのかたむく にしでらのそら
↖  26番金剛頂寺(コンゴウチョウジ)境内図

☆ 津照寺をあとに、室戸から西北へたどると土佐湾に向って小さくつき出した岬がある。硯の産出で知られる硯ケ浦のある行当岬で、海抜二百㍍の頂上に金剛頂寺がある。室戸岬最御崎寺と相対しているので最御崎寺を東寺、金剛頂寺を西寺ともいう。山麓からの急勾配の参道を七宙㍍ほど登ると山門になる。広い境内をおおう椎の大木。弘法大師は若かりしころ、この山で修行され、大同元年には勅命を帯びて鎮護国家の道場として寺を創建し、ご本尊の薬師如来を刻まれた。その後、七堂伽藍は整備され、寺領三千五百石を有し後に長曽我部元親や山田忠義からも保護されている。文明と明治の火災のため、堂塔を焼失するが、いずれも再興され、昭和五十八年に、本堂が新しく建立された。霊宝館には、大師が背負って歩いた旅壇具や真言八祖像など重要文化財六点のほか、古美術六十点が保管され、境内の鯨昌館には泉井守一氏関係のめずらしい捕鯨具類などが展示されている☆ (四国ネットより)

26番金剛頂寺の本堂 11:40 09.03.2013 Main hall of the Kongochoji temple

26番金剛頂寺の境内 11:40 09.03.2013 Precincts of the Kongochoji temple

26番金剛頂寺の本堂 11:36 09.03.2013 Main hall of the Kongochoji temple

26番金剛頂寺の一粒万粒の釜 11:30 09.03.2013 Big pot

26番金剛頂寺の境内 11:30 09.03.2013 Precincts of the Kongochoji temple

26番金剛頂寺の大師堂 11:29 09.03.2013 Daishi hall of the Kngochoji temple

26番金剛頂寺の大師堂 11:29 09.03.2013 Daishi hall of the Kngochoji temple

26番金剛頂寺本堂からの境内 11:20 09.03.2013 Precincts of the Kongochoji temple

26番金剛頂寺本堂からの境内 11:20 09.03.2013 Precincts of the Kongochoji temple

26番金剛頂寺の境内 11:13 09.03.2013 Precincts of the Kongochoji temple

26番金剛頂寺の本堂 11:13 09.03.2013 Main hall of the Kongochoji temple

26番金剛頂寺の山門にて 11:07 09.03.2013 Sanmon

26番金剛頂寺の山門への石段 11:06 09.03.2013 Stone steps to the Sanmon
☆ 厄坂の石段を上って山門を入ると広い境内に入る。さらに石段を上ると左側に手水場が、左に行くと大師堂がある。正面奥に間口の広い本堂が建っている。本堂手前に鐘楼、本堂から左に行くと宝物館の霊宝殿、弁財天、魚籃観音護摩堂が並び奥に本坊がある。手水場の近くに一粒万倍の釜がある。 ☆ (Wikipediaより)
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3月9日
25番津照寺 ( Houjuzan Shinshouji 25th of Shikoku 88 )
H15m
第25番札所 宝珠山 津照寺 (ほうじゅざん しんしょうじ) 
本尊  地蔵菩薩 (じぞうぼさつ 伝、弘法大師作)
真言  「おん かかかび さんまえい そわか」
開基  弘法大師
宗派  真言宗豊山派
御詠歌 法の舟 入るかいづるか この津寺 迷ふ我身を 乗せてたまへや
↖  25番津照寺(シンショウジ)境内図

☆ 室戸岬から海岸沿いを六㌔ほどゆくと町中に小高い山があり、その山上に本堂がある。参道右に大師堂と本坊。本堂へは125の急な石段があり、ご本尊は大同二年、弘法大師が巡錫されたときに刻まれた延命地蔵菩薩。秘仏で拝観はできないが、海上の安全と火難除けの霊験あらたかという。慶長六年十月、国守の山内忠義室戸岬を航行中、突然暴風におそわれた。そこへ大僧があらわれて船の楫をとり、全員無事、室戸港へ避難することができた。港につくと僧の姿が見えないので後を追うと、津寺の本堂の中へ消えた。ご本尊を拝したら、全身潮でびしょぬれで、それ以来楫取地蔵(かじとりじぞう)とよばれ、多くの船人から信仰されるようになった。また、寛保二年の大火の時も、ご本尊が僧の姿となって、人々を避難させたという。境内に立つと眼下に室津港がある。野中兼山の部下一木権兵衛が難工事の築港を命じられ人柱となっており、参道沿いに一木神社としてまつられている☆ (四国ネットより)

25番津照寺の境内 09:48 09.03.2013 Precincts of the Shinshoji temple

25番津照寺の本堂への石段  09:30 09.03.2013 Stone steps to the main hall 

25番津照寺の本堂への石段  09:30 09.03.2013 Stone steps to the main hall

25番津照寺の本堂 09:29 09.03.2013 Main hall of the Shinshoji temple

25番津照寺の本堂からの眺望 09:29 09.03.2013 Views from Main hall

25番津照寺の手水 09:29 09.03.2013 Chozu

25番津照寺の石仏 09:19 09.03.2013 Sekibutsu

25番津照寺の鐘楼門下からの眺め 09:19 09.03.2013 Views from Bell tower gate

25番津照寺の本堂への石段 09:17 09.03.2013  Stone steps to the main hall
☆ 麓の山門を入ると右側に大師堂と納経所が、左側に一木神社がある。正面の石段で山を登っていくと途中に鐘楼門がある。125段を登り詰めると右手に手水鉢があり、コンクリート造りの本堂が建っている。ここからは室津の港や太平洋が一望できる。 ☆ (Wikipediaより)
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3月9日
24番最御崎寺 ( Murotozan Hotsumisakiji 24th of Shikoku 88 )
H165m
第24番札所 室戸山 最御崎寺 (むろとざん ほつみさきじ) 
本尊  虚空蔵菩薩 (こくうぞうぼさつ 伝、弘法大師作)
真言  「のうぼう あきゃしゃ きゃらばや おん ありきゃ まりぼり そわか」
開基  弘法大師
宗派  真言宗豊山派
御詠歌 みょうじゃうの いでぬるかたの ひがしでら くらきまよいは などかあらまし
↖  24番最御崎寺(ホツミサキジ)境内図

☆ 室戸までは八十五㌔あまり、途中の八坂八浜の美しい海岸で、弘法大師が鯖を蘇生させたと伝える番外「鯖大師」がある。土佐路は宍喰をすぎてまもない甲涌から。荒涼とした海岸沿いに一本の通がどこまでもつづく。岬の突端に洞窟があり、御蔵洞という。十九歳のとき大師は洞窟にこもつて「求聞持の法」を苦行のはてに成就する。「土州室戸崎に勤念す。谷響を惜しまず、明星来影す」と自ら書かれ 「法性の室戸といえど、われすめば、有為のなみかぜたたぬ日ぞなき」と、ご自身で詠まれている。御蔵洞の先に最御崎寺への登り口がある。途中に「一夜建立の岩屋」や「捻岩」など大師ゆかりの洞窟がある。ウバメガシやアコウの密生林を抜け、登りつめたところが仁王門、大師堂、多宝塔、正面に本堂がある。ご本尊は大同二年(八〇七)大師が寺の創建と共に刻まれた虚空蔵菩薩。元和年間に最勝上人が再興し、大正十三年には本堂が復興している。☆ (四国ネットより)

24番最御崎寺の境内 07:36 09.03.2013 Precincts of the Hotsumisakiji temple

24番最御崎寺の鐘楼 07:36 09.03.2013 Bell tower

24番最御崎寺の鐘石 07:36 09.03.2013 Bell stone

24番最御崎寺の山門と境内 07:36 09.03.2013 Precincts of the Hotsumisakiji temple

24番最御崎寺の多宝塔と鐘楼 07:35 09.03.2013 Two-story pagoda and Bell tower

24番最御崎寺の山門から境内 07:18 09.03.2013 Precincts of the Hotsumisakiji temple
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3月7日
番外別格4番鯖大師 ( Yasanasan Sabadaishi Yasakaji Ex. 4th of Shikoku 88 )
H8m
番外別格4番札所 八坂山 鯖大師 八坂寺 (やさかさん さばだいし やさかじ)
本尊  弘法大師 (こうぼうだいし)
真言  「なむだいしへんじょうこんごう」
開基  行基菩薩
宗派  真言宗高野派
御詠歌 かげだにも 我名を知れよ 一つ松 古今来世を すくひ導く
☆ 略縁起、千二百年程昔のことです。お大師様がお四国をお開きに巡られた折、この地が霊地であることを悟り、御修行されました。ある朝通り掛かった馬子に積み荷の塩鯖を乞われましたが、口汚くののしられ、ことわられました。馬子が馬引坂まできた時、馬が急に苦しみだし、先ほどの坊様がお大師様と気づいた馬子は鯖を持っておわびし、馬の病気をなおしてくれるように頼みました。お大師様がお加持水を与えると馬はたちまち元気になり、お大師様は八坂八浜の法生島で塩鯖をお加持すると生きかえって泳いでいきました。そこで仏の心を起こした馬子は、この地に庵をたて古今来世まで人々の救いの霊場といたしました。鯖を三年絶ってご祈念すると願いごとがかない、病気がなおり、幸福になれるといつしか人々に、鯖大師と呼ばれているのです。鯖大師でこの由来により鯖を三年食べないことにより子宝成就、病気平癒はじめ、あなたのお願いごとがかなえられます。
案内・地図、JR鯖瀬駅より徒歩5分。車の場合国道55線より二分。普通車30台、バス5台駐車可☆ (四国ネットより)

別格4番鯖大師の境内 15:19 07.03.2013 Precincts of the bekkaku Sabadaishi temple

別格4番鯖大師の手水 15:19 07.03.2013 Chozu

別格4番鯖大師の本堂 15:19 07.03.2013 Main hall of the bekkaku Sabadaishi

別格4番鯖大師の境内にて 15:17 07.03.2013 Precincts of the bekkaku Sabadaishi temple

別格4番鯖大師の本堂 15:17 07.03.2013 Main hall of the Sabadaishi temple

別格4番鯖大師護摩堂  14:51 07.03.2013 Gomadou
☆☆


3月7日
23番薬王寺 ( Iouzan Yakuouji 23rd of Shikoku 88 )
H25m
第23番札所 医王山 薬王寺 (いおうざん やくおうじ)
本尊  薬師如来 (やくしにょらい 伝、弘法大師作)
真言  「おん ころころ せんだり まとうぎ そわか」
開基  行基菩薩
宗派  真言宗高野派
御詠歌 みなひとの やみぬるとしの やくおうじ るりのくすりを あたえまします
↖  23番薬王寺(ヤクオウジ)境内図

☆ 美波町へは平等寺から三つの峠を越える。薬王寺は日和佐の町を見下す山の中腹にあり仁王門から三十三段の女厄坂。本堂までの四十二段の男厄坂がある。女三十三歳、男四十二歳が厄年で厄年の人は厄銭を落としながら登る。四国一の厄除けの寺だけに年間百万の人が参拝する。弘仁六年、弘法大師四十二歳のとき、自他の厄除を誓願してご本尊の薬師如来を刻み、大師の奏聞により、平城・嵯峨・淳和の各帝は厄除の勅使を下して官寺とした。文治四年(一一八八)の災火でご本尊は玉厨子山へいったん移られたが、再建後は新しい尊像が造顕されたため、後向きに本堂へ入られ「後向薬師」とよばれている。現在の本堂は明治三十六年の建立。本堂右の瑜祗塔へは六十一段の還暦の坂を登る。塔内には五智如来が奉安され、階上は寺宝の展示室、また、塔からは美しい町並や海岸が望まれる。阿波発心の霊場もここで打ち終えとなる☆ (四国ネットより)

23番薬王寺の下り石段 09:42 07.03.2013 Down stone steps of Yakuoji

23番薬王寺の本堂前にて 09:26 07.03.2013 Main hall of the Yakuoji temple

23番薬王寺の境内  09:25 07.03.2013 Precincts of the Yakuoji temple

23番薬王寺の境内  09:25 07.03.2013 Precincts of the Yakuoji temple

23番薬王寺の大師堂 09:25 07.03.2013 Daishi hall of the Yokuoji temple
☆ 国道に面して立つ単層の仁王門を入ると左手から石段が始まる。33段の女厄坂の途中右手に鐘楼があり、石段が終わる絵馬堂を通って42段の男厄坂につながる。上りきったところに本堂が建つ。本堂から左に進むと大師堂があって、その向かいに十王堂と地蔵堂がある。本堂の裏には肺大師があり、右手の還暦厄坂を上ると本寺の象徴と言ってもよい瑜祇塔が特異な姿を見せている。瑜祇塔の階下は戒壇めぐり、1階は空海の生涯を描いた高野大師行状図画を展示している。見学は有料である。なお、納経所は石段を下りて、仁王門に向かって右手にある。 ☆ (Wikipediaより)