四国88箇所車遍路  🚙 48

四国88箇所車遍路 🚙 48 曼荼羅寺 出釈迦寺 甲山寺 善通寺

Shikoku pilgrimage 88
2014-11-02
72番曼荼羅寺 ( Gahaishizan Mandaraji, 72nd of Shikoku pilgrimage 88 ) 
Above sea level 44m
第72番札所 我拝師山 曼荼羅寺 (がはいしざん まんだらじ)
本尊  大日如来 (だいにちにょらい 伝、弘法大師作)
真言  「おん あびらうんけん ばざら だとばん」
開基  行基菩薩
宗派  真言宗善通寺派
御詠歌 わづかにも まんだらおがむ ひとはただ ふたたびみたび かへらざらまし
所在地 香川県善通寺市吉原町1380番地1

↖ 72番曼荼羅寺(マンダラジ)境内図

☆ 寺は弘法大師の先祖である佐伯家の氏寺として推古四年(五九六)創建され、世坂寺と称していたが、弘法大師が留学後、ご本尊の大日如来を勧請し、大同二年、金胎曼荼羅を安置し、唐の青龍寺に模して堂塔を建立し、寺号も我拝師山曼荼羅寺と改めた。本堂から廻郎づたいの観音堂には聖観世音が安置されている。桧材一木造りの豊満端厳な尊容で、藤原時代の造顕という。境内には西行法師の「笠掛桜」と「昼寝石」の遺跡がある。西行法師は諸国を行脚中、この近くに滞在し、寺の境内でしばしば休息し、あるとき同行した旅人が桜の枝に笠をかけ忘れ、それを見て「笠はありその身はいかになりぬらん あはれはかなきあめが下かな」とよんだという。自然の中に人間性を見出して表現したところにその特徴があるといわれる。☆ (四国ネットより)

48号左折鳥坂で11号左折再度11号から48号右折し日誠産業の次を右折で道成り72番、駐車場は以前の門先屋旅館跡

72番曼荼羅寺の山門、山門左に有った門先屋旅館が廃業し山門左側の旅館建物が無くなり跡地が新しい曼荼羅寺の駐車場になっていた。 また山門右側に有った民家もなくなって広くなっておりました。

山門から境内に入り手水舎

手水舎、鐘楼、大師堂

72番曼荼羅寺の境内

72番曼荼羅寺の本堂

72番曼荼羅寺の境内

72番曼荼羅寺護摩殿(前回2013年春あるき遍路の時は大師堂が建て替え中でこの護摩殿が仮大師堂であった)

72番曼荼羅寺の鐘楼と大師堂

72番曼荼羅寺の大師堂

72番曼荼羅寺の本堂と観音堂

72番曼荼羅寺の観音堂

72番曼荼羅寺の納経、墨書き御朱印と開創1200年記念スタンプ Osamekei of Mandaraji with the retractor 1200 Memorial special stamp.

72番曼荼羅寺の本尊御影 Principal image card of Mandaraji temple is usually black and white. The red card is the retractor 1200 Memorial special.

☆☆
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☆☆


Shikoku pilgrimage 88
2014-11-02
73番出釈迦寺 ( Gahaishizan Shusshakaji, 73rd of Shikoku pilgrimage 88 ) 
Above sea level 94m
第73番札所 我拝師山 出釈迦寺 (がはいしざん しゅっしゃかじ)
本尊  釈迦如来 (しゃかにょらい 伝、弘法大師作)
真言  「のうまく さんまんだ ぼだなん ばく」
開基  弘法大師
宗派  真言宗御室派
御詠歌 まよいぬる ろくどうしゅじょう すくわんと とうときやまに いづるしゃかでら
所在地 香川県善通寺市吉原町1091番地

↖ 73番出釋迦寺(シュツシャカジ)境内図

☆ 前方に我拝師山(標高四八一・二㍍)がある。昔は倭斯濃山といったという。伝説によれば、弘法大師が七歳のときこの山に登り、「仏門に入って多くの人々を救いたい。この願いがかなうなら釈迦如来あらわれたまえ、もし願いがかなわぬなら一命を捨ててこの身を諸仏に供養する」といって、断崖絶壁から谷底へ身を投げるのである。この時釈迦如来と天女があらわれて雲上に抱きとめ「一生成仏」の旨をいわれた。一命を救われ、その願いが成就することを示された大師は、感激して釈迦如来の像を刻み、堂宇を建てて出釈迦寺とし、倭斯濃山を我拝師山に改めたという。曼荼羅寺からだらだら坂を五百㍍あまり登ったところに出釈迦寺がある。寺の境内には我拝師山々頂の捨身ヶ嶽の遥拝所があり、ここからは捨身ヶ嶽禅定の建物が仰がれる。山路一・八㌔約四十分の登り。山上の奥ノ院には釈迦如来不動明王弘法大師像が安置され身を捨てた行場は五百㍍先にある。☆ (四国ネットより)

72番曼荼羅寺の駐車場から73番出釈迦寺へは徒歩で往復しました。

73番出釈迦寺の山門

山門を入って右には求聞持大師坐像

求聞持大師坐像

73番出釈迦寺の本堂手前と大師堂

73番出釈迦寺の本堂手前と大師堂

本堂左側の石段を地蔵堂へ上がっていくと捨身ヶ嶽遙拝所がありますが捨身ヶ嶽は雨雲の中です

山門を振り返るとかすかに捨身ヶ嶽の屋根が山に見えます

73番出釈迦寺の納経、墨書き御朱印と開創1200年記念スタンプ Osamekei of Shusshakaji with the retractor 1200 Memorial special stamp.

73番出釈迦寺の本尊御影 Principal image card of Shusshakaji temple is usually black and white. The red card is the retractor 1200 Memorial special.

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Shikoku pilgrimage 88
2014-11-02
74番甲山寺  ( Iouzan Kouyamaji, 74th of shikoku pilgrimage 88 ) 
Above sea level 21m
第74番札所 医王山 甲山寺 (いおうざん こうやまじ)
本尊  薬師如来 (やくしにょらい 伝、弘法大師作)
真言  「おん ころころ せんだり まとうぎ そわか」
開基  弘法大師
宗派  真言宗善通寺派
御詠歌 じうにしん みかたにもてる いくさには おのれとこころ かぶとやまかな
所在地 香川県善通寺市弘田町1765番地1

↖ 74番甲山寺(コウヤマジ)境内図

☆ 弘法大師は幼いころこの附近で遊ばれた。土の仏像や草木の小堂をつくったり、石を重ねて塔にしたり、愛犬をつれて歩かれたりした。近くの仙遊ヶ原地蔵堂は大師のそうした遊び場であったという。善通寺へ向かう道沿いに小高い山がある。山の名を甲山という。寺は山の裏側にあり、山門を入ると正面が本堂、左に大師堂、鐘楼毘沙門天の岩窟、右に護摩堂、庫裡がある。 大師が善通寺曼荼羅寺の間に伽藍を建立しようと、その霊地を探していたら、甲山の麓の岩窟から老翁があらわれ、暗示を受けた。大師は歓喜のあまり、石を割いて毘沙門天の尊像を刻んで岩窟に安置し、供養された。その後大師は京都におられたが、弘仁十二年(八二一)満濃池築造の別当に任ぜられて当地へ赴任し、薬師如来を刻んで工事の成功を祈願した。その徳を慕う数万の農民によって工事は完了した。そこで堂塔を建立し、薬師如来を本尊として安置したという。☆ (四国ネットより)

72番から48号に戻り右折Hコスモスの次を左折74番P駐車場へ

74番甲山寺の山門

74番甲山寺の中門と本堂

本堂の左上に74番甲山寺の大師堂

大師堂前の鐘楼、毘沙門天尊岩窟、親子地蔵尊

74番甲山寺の大師堂

74番甲山寺の大師堂と本堂の屋根

正面下檀に本堂

74番甲山寺毘沙門天尊岩窟と親子地蔵尊

74番甲山寺の納経、墨書き御朱印と開創1200年記念スタンプ Osamekei of Kouyamaji with the retractor 1200 Memorial special stamp.

74番甲山寺の本尊御影 Principal image card of Kouyamaji temple is usually black and white. The red card is the retractor 1200 Memorial special.

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Shikoku pilgrimage 88
2014-11-02
75番善通寺  ( Gogakuzan Zentsuji, 75th of Shikoku pilgrimage 88 ) 
Above sea level 28m
第75番札所 五岳山 善通寺 (ごがくざん ぜんつうじ)
本尊  薬師如来 (やくしにょらい)
真言  「おん ころころ せんだり まとうぎ そわか」
開基  弘法大師
宗派  真言宗善通寺派総本山
御詠歌 われすまば よもきえはてじ ぜんつうじ ふかきちかひの のりのともしび
所在地 香川県善通寺市善通寺町3丁目3番1号

↖ 75番善通寺(ゼンツウジ)境内図

☆ 大師生誕の地・善通寺のシンボル五重塔を前方に見ながら市街へ入ると、左に伽藍といわれる東院があり、約三㌶の境内にご本尊の薬師如来を奉安した金堂、五重塔、釈迦堂など。そして東に赤門、西に中門、南に大門がある。一方、右には誕生院といわれる西院があり、四㌶の境内に仁王門、勅使門、御影堂、産湯井、その他諸堂がある。善通寺派の総本山であるだけに、四国一の規模を誇り、大師ご誕生の地にふさわしい。大師は唐より帰朝後、大同二年(八〇七)真言宗弘通の勅許を得て、先祖の氏寺の建立を発願した。父の善通卿は自身の荘田を提供され、六年の歳月をかけて七堂伽藍を完成させた。堂塔は唐の青龍寺を摸してつくられ、寺名は父の名をとって善通寺と名づけられた。そして寺の背後に五峰がそびえていることから、山号を五岳山と称した。御影堂は四棟からなり、礼堂と中殿は大師の父善通卿、奥殿は母玉依御前の館の跡で、現在の奥殿がお大師さまの御誕生地と言われている。☆ (四国ネットより)

74番から48号に戻り右折市営球場を左へ48号回り込み直進で75番駐車場へ

駐車場からの済世橋、はしの向こう側が善通寺です

アーチ状の済世橋を渡ると正覚門

正覚門から入山

御影堂と右手に聖霊殿

常行堂(釈迦堂)は天保年間までは御影堂であった。

東院の鐘楼

東院の五重塔

東院の大クス

金堂前の播州赤穂大石内蔵助寄進の舟形手水

金堂と舟形手水前の子授修行大師像

金堂の香炉

東院から西院(誕生院)への途中、観知院横の銅像

東院から西院(誕生院)へ正面は仁王門

仁王門から東院方向

聖霊殿

聖霊殿

西院(誕生院)納経所前の鐘楼、11月3日から催しがあると言うことで境内はその準備中でした

御影堂

御影堂

済世橋からの御影堂奥殿

75番善通寺の納経、墨書き御朱印と開創1200年記念スタンプ Osamekei of Zentsuji with the retractor 1200 Memorial special stamp.

75番善通寺の本尊御影 Principal image card of Zentsuji temple is usually black and white. The red card is the retractor 1200 Memorial special.

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