四国霊場逆打ち車遍路 🚘 20

四国霊場逆打ち車遍路 🚘 20 観音寺 神恵院 萩原寺 大興寺

☆☆

2016.10.28(金) 
四国88ヶ所、69番札所観音寺、68番札所神恵院

観音寺、神恵院の仁王門

観音寺、神恵院仁王門の仁王像

観音寺、神恵院仁王門の仁王像

観音寺、神恵院仁王門の仁王像

観音寺、神恵院仁王門の仁王像

仁王門を入る

鐘楼


2016.10.28(金)
四国88ヶ所、69番札所観音寺
69番観音寺 ( Shippouzan Kannonji, 69th of Shikoku pilgrimage 88 ) 
EL+17m
第69番札所 七宝山 観音寺 (しっぽうざん かんのんじ)m
本尊  聖観世音菩薩 (せいかんぜおんぼさつ)
真言  「おん あろりきゃ そわか」
開基  日証上人
宗派  真言宗大覚寺派 
御詠歌 かんのんの だいひのちから つよければ おもきつみをも ひきあげてたべ
所在地 香川県観音寺市八幡町1丁目2番7号

↖  69番観音寺(かんのんじ)境内図

寺伝によれば、大師は神恵院霊場に定めた時、神功皇后は観世音の生まれかわりとして聖観世音菩薩の尊像を刻まれ、山の中腹に七宝山観音寺を創建して尊像を安置し、八幡宮別当寺として六十九番の霊場に定めた。仁王門を入った右に本堂(金堂)がある。文明四年から大永五年(一四七二〜一五二五)の間に大修復し、昭和三十四年にも解体修理して、重要文化財に指定されている。観音寺の伽藍配置は奈良興福寺の東西金堂、中本堂の制にならっており、中本堂には聖観世音、西金堂には薬師如来と十二神像、東金堂には弥勒菩薩を安置していた。現在は西金堂に神恵院があり、薬師如来は本堂に奉安されている。大師堂は神恵院への石段の登り口にある愛染堂に隣接し、庫裡では一山二ヵ寺分の納経朱印を扱っている。ところで本尊厨子の裏板には、貞和三年(一三四七)常州下妻の僧の落書があり、このころ下妻(茨城)から四国遍路に訪れていることが知られる。 (四国ネットより)

69番観音寺の本堂

69番観音寺のの本堂

69番観音寺の薬師堂

69番観音寺の薬師堂前の石仏

69番観音寺の愛染堂

69番観音寺のの大師堂

69番観音寺のの大師堂

69番観音寺のの大師堂

納経所で宝号印を納経帳にお納経、本尊御影と平成28年閏年参拝記念の散華を頂きました


2016.10.28(金)
四国88ヶ所、68番札所神恵院
68番神恵院 ( Shippouzan Jinenin, 68th of shikoku pilgrimage 88 ) 
EL+18m
第68番札所 七宝山 神恵院 (しっぽうざん じんねいん) 
本尊  阿弥陀如来 (あみだにょらい 伝、弘法大師作)
真言  「おん ありみた ていぜい から うん」
開基  日証上人
宗派  真言宗大覚寺派
御詠歌 ふゑのねも まつふくかぜも ことひくも うたぶもまふも のりのこえごえ
所在地 香川県観音寺市八幡町1丁目2番7号

↖  68番神恵院(じんねいん)境内図

観音寺市へ入り、財田川を渡ると琴弾山(五八・六㍍)の麓。それから中腹へと石段がつづいている。神恵院と次の六十九番観音寺は同一境内にある。文武天皇のころ、法相宗の日証上人が山頂に草庵を結んで修行していたとき、海のかなたに神船が浮んで琴の音が聞こえ、宇佐八幡のおつげがあり、その神船と琴をひきあげて山頂にまつった。この神船は神功皇后ゆかりのある船なので皇后の像も合祀し、大宝三年(七〇三)八幡の本地仏である阿弥陀如来の尊像を安置した。養老六年(七二二)には行基菩薩が巡錫し、後に弘法大師もこの地に巡錫して阿弥陀如来の尊像を描いて本尊とし六十八番の霊場に定め、寺号を琴弾山神恵院と名づけた。明治の神仏分離八幡宮に安置の阿弥陀如来は観音寺の境内に移遷され、琴弾八幡宮神恵院に分離し、それぞれ独立して神恵院は観音寺と同居のかたちをとり、本堂、大師堂は一段高いところに移建した。 (四国ネットより)
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68番神恵院の本堂

68番神恵院の本堂拝殿の天蓋

68番神恵院の大師堂と本堂(右)

68番神恵院の大師堂
前回2014年10月の時も雨であったが今回2016年10月もここは雨でした

納経所で宝号印を納経帳にお納経、本尊御影と平成28年閏年参拝記念の散華を頂きました。納経所は一カ所、観音寺と神恵院の納経を行っています

☆☆

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☆☆

68番神恵院/69番観音寺から銭形砂絵を観に象ヶ鼻岩銭形展望台へ

<68番神恵院/69番観音寺の駐車場から銭形展望台へは一方通行 (1.5km)/6分>

象ヶ鼻岩銭形展望台から琴引き公園の銭形砂絵

象ヶ鼻岩銭形展望台から琴引き公園の銭形砂絵

象ヶ鼻岩銭形展望台から琴引き公園の銭形砂絵

象ヶ鼻岩銭形展望台から琴引き公園の銭形砂絵

銭形のいわれ
寛永十年(1633年)時の将軍家光公から讃岐巡遣使を派遣するとの知らせを受けて丸亀藩主生駒高俊公が領内巡遣の際このことを聞いた地元の古老たちがなにか領主歓迎の為ためにと有明浜に銭形の砂絵を一夜のうちにつくり上げたと伝えられていますこの山頂から眺めると丸く見えますが、実際には東西122メートル、南北90メートルの楕円形となっております、以来砂上の一大芸術として長く保存されています。この砂絵を見た人は健康で長生きでき金に不自由しなくなるといわれています


象ヶ鼻岩銭形展望台から四国別格20霊場、16番萩原寺

象ヶ鼻岩銭形展望台から別格16番萩原寺へのルート(9.3km)/19分
象ヶ鼻岩銭形展望台から一方通行の道を観音寺、神恵院の駐車場まで下り
マルナカの前から八幡の信号で橋を渡り県道21を直進すると県道8になる
(駐車場から1.5km)/5分その県道8を萩原交差点まで(6.3km)/12分
県道241を左折(雲辺寺・琴平)する(雲辺寺の表示)に従うと(1.9km)4分で
別格16番萩原寺の駐車場



2016.10.28(金) 
四国別格20霊場、16番萩原寺
番外別格16番萩原寺 ( Kyougouzan Hagiwaraji, Ex. 16th of Shikoku 88 ) 
EL+80m
番外別格第16番札所 巨鼇山 萩原寺 (きょごうざん はぎわらじ) 
本尊  伽羅陀山火伏地蔵菩薩(からださんひぶせじぞうぼさつ 弘法大師作)
真言  「おん かかか びさんまえ そわか」
開基  弘法大師
宗派  真言宗大覚寺派
御詠歌 尊くも 火伏をちかふ 地蔵尊 はぎの御山に 世を求ふらむ
所在地 香川県観音寺市大野原町萩原2742 
略縁起、地蔵院と号し平城帝の大同二年弘法大師の開創であり、朱雀天皇勅願談議所であった。不動明王は大師ご自身で霊験古今に顕著である。のちには細川勝元公の祈願所にもなる。往古には伊予、阿波、讃岐に多数の末寺を有した。六法憲深方一流の本山としての法灯が伝わり温座護摩は有名である。また、急就章、法華曼陀羅図、銅水瓶、金銅塔鈴、金銅割五鈷杵など寺宝も多く保存されている。県指定自然記念物の萩があり「萩」の名所として広く知られている。なお、当寺の弁財天は女菩薩・女神にして仏説如意陀羅尼経に無量却より以来大慈大悲を修習して一切衆生のために大良福田となると、慈悲福徳学芸才能の女仏女神として広く思慕敬愛せられております。案内・地図、観音寺駅よりタクシーで10〜15分。車の場合、高松自動車道大野原ICより標識に従って五分。普通車100台、バス50台駐車可。 (四国ネットより)

駐車場から萩原寺

萩原寺の二王門

萩原寺の二王門

萩原寺二王門の仁王像

萩原寺二王門の仁王像

仁王門の説明
寺伝によると、この門は室町時代の官領細川勝元公がうち続く戦乱に際し、戦勝祈願の温座護摩の祈祷を寺に命じ、その見返りとして奉納したものと伝えられている。屋根は本瓦葺きで、門としては珍しい寄棟造りでその形式は三間一戸八脚門である。棟の下にある四つの親柱は丸く、親柱の前後にある控え柱は四角で、正規の造りである。組物は舟肘木、軒は一軒の木割りの細い簡素なものである。柱の面取りは大きく、
強い反りをもつ垂木、延びのある肘木など江戸時代初期の主砲がうかがえる。しかし、軒より上の改造が大きく、当初の姿が損じられている。

仁王門を入る

本堂への石段

本堂への石段

萩原寺の手水舎

萩原寺の本堂

萩原寺の本堂

萩原寺の手水舎

萩原寺の鐘楼

萩原寺の大師堂

萩原寺の大師堂

番外別格20霊場、第16番札所 萩原寺の宝号印、墨書きお納経

萩原寺の本尊御影(おすがた)と本尊梵字(2016年)、散華は2013年歩き遍路の時に

☆☆
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☆☆

四国別格20霊場、16番萩原寺から四国88ヶ所、67番大興寺

別格16番萩原寺から67番大興寺へのルート (7.2km)/12分
県道241を国道377まで戻る(1.1km)/2分
右折し国道377を(3km)/5分
右に(株)カイゲン/左に「銭型くん」を右折し道なりに (1.1km)/3分 で大興寺



20161028(金) 
四国88ヶ所、67番札所大興寺
67番大興寺 ( Komatsuozan Daikouji, 67th of Shikoku pilgrimage 88 ) 
EL+76m
第67番 小松尾山 大興寺 (こまつおざん だいこうじ)
本尊  薬師如来 (やくしにょらい 伝、弘法大師作)
真言  「おん ころころ せんだり まとうぎ そわか」
開基  弘法大師
宗派  真言宗善通寺派
御詠歌 うゑおきし こまつをでら ながむれば のりのおしへの かぜぞふきぬる
所在地 香川県三豊市山本町辻字小松尾4209番地

↖  67番大興寺(だいこうじ)境内図

縁起によれば、弘仁十三年(八二二)嵯峨天皇の勅命で弘法大師熊野三所権現鏡護の霊場として開創し、ご本尊の薬師如来を彫刻して安置された。後に真言、天台の二宗によって管理され、真言が二十四坊、天台は十二坊あって本堂の左右に真言、天台の大師堂があった。その後天正の兵火で本堂を残して他の堂塔を焼失し、現存の建物は慶長年間に再建されたもの。雲辺寺から約十二㌔下って、仁王門より、大師お手植えの楠と榧の老樹を見ながら石段を登ると正面の本堂へ達する。かつて東大寺の末寺に属し台密二教の道場として栄えたがその面影はない。しかし現存の諸堂はいずれも修築し整備されている。仁王門は八百屋お七の父か恋人の吉三のいずれかが、お七の菩提を弔うために遍路となり、その途中に寄進したとも伝えられる。寺の名は大興寺だが、地元の人や遍路は山号にちなんで小松尾寺と親しみよんでいる。 (四国ネットより)

大興寺仁王門前の地蔵尊

大興寺の仁王門

大興寺、仁王門の仁王像

大興寺、仁王門の仁王像

仁王門からの参道

仁王門からの参道

大楠

カヤと仁王門

大楠

大楠

大興寺の本堂、大師堂への石段

大興寺の本堂

大興寺の鐘楼

大興寺の鐘楼

大興寺の本堂と三鈷の松

大興寺の大師堂と三鈷の松

大興寺の三鈷の松

納経所で宝号印を納経帳にお納経、本尊御影と平成28年閏年参拝記念の散華を頂きました

大興寺の境内

大興寺の金仏地蔵尊

大興寺の金仏地蔵尊

お参りを終えて

☆☆

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☆☆

大興寺からかんぽの宿観音寺へ 4.5km(9分)

国道377号線 まで進む  2 分(1.1 km)
左折して国道377号線に入る  3 分(1.7 km)
池之尻町 の目的地まで行く  5 分(1.6 km)




夕暮れ時にかんぽの宿観音寺に到着

かんぽの宿観音寺

かんぽの宿観音寺
大浴場でゆっくりとくつろぎ、夕食は一階の食道

かんぽの宿観音寺お品書き
おいしいものをすこしずつプラン

先附 彩どり一種

海老とアスパラがのったムーズ

造理 二種盛り

造理 二種盛り

煮物 さつまいも饅頭

煮物 さつまいも饅頭

焼肴 鰆(さわら)、ベーコンのフォイル焼

鰆(さわら)、ベーコンのフォイル焼

替鉢 茶碗蒸し

茶碗蒸しは胡麻豆腐、松茸

強肴 鱧(はも)の天婦羅

鱧(はも)の天婦羅

白飯、香の物、うどん

留椀 うどん

香の物 盛り合わせ

食事 白飯

水菓子 季節の物


かんぽの宿観音寺翌朝の朝食

朝食はバイキング

野菜を多めにしたバイキング

温泉卵、漬物、納豆、大根おろし