リュネブルグの今昔物語 1

F社はビデオレコーダー欧州輸出でアンチダンピングに抵触した為、1988年から現地生産するべく工場誘致があったドイツのニーダーザクセン州リュネブルグに工場を建設した。1988年暮れから日本人駐在員6名と現地採用スタッフが仮工場でビデオレコーダーのSKD(セミノックダウン)生産が始まった。日本人駐在員の家族は1989年3月に渡独した。その時から今日まで娘はドイツに暮らしており、久しぶりにリュネブルグの小学校同級生の友を尋ねにリュネブルグを訪れ写真が送られてきたので、今昔物語形式で紹介します。

リュネブルグはバイセゴールド(塩)で栄えた街で、旧市街には歴史的建造物が多くて魅力的な町であった。

1988年12月リュネブル市庁舎

2025年11月リュネブルグ市庁舎と週末市

2025年11月リュネブルグ市庁舎と週末市

 子供たちが通っていた小学校1989年

2025年同じ小学校

Alter Kran 1989年

Alter Kran 2025年

Alter Kran 2025年

Alter kran 2025年

今昔物語は次へと