四国あるき遍路  ☜ 🚶 41 日目

四国あるき遍路 ☜ 🚶 41日目 平成25年4月9日(火)

別格20番大滝寺 88番大窪寺

☆☆

平成25年4月9日(火) 
88箇所四国あるき遍路41日目  
Shikoku pilgrimage 88 and bangai 20
平成25年4月9日は樺川荘本館〜別格20番大滝寺〜西山神社〜樺川荘本館〜88番大窪寺〜八十窪まで 35.5km
☆☆
樺川荘本館5:00〜別格20番大滝寺7:50/8:34〜樺川荘本館打戻11:00〜きのこの家(昼食)12:01〜竹屋敷14:23〜88番大窪寺15:09/16:00〜八十窪16:05 歩行距離35.5km  歩数56,080歩
☆☆
樺川荘に荷物を置き部屋のキーをカウンターのフェンス越しに帰し5時に樺川荘本館を発ち別格20番大滝寺へ

別格20番大瀧寺の階段下に到着   07:50
106号線の上り道を歩くこと 11km 途中誰とも遇うことなく H910m の別格20番大滝寺に2時間半で到着。
☆☆


平成25年4月9日(火)
番外別格20番大瀧寺 ( Fudaisan Otakiji, Ex. 20th of Shikoku 88 )
H913m
番外別格20番札所大瀧寺
四国88箇所総奥の院 福大山 大瀧寺 (ふくだいさん おおたきじ)
本尊  西照大権現 
真言  「なむ にしてる だいごんげん」
開基  行基菩薩
宗派  真言宗御室派 準別格本山
御詠歌 霊峰の 岩間にひらく 法の道 厄をながして 衆生ぞすくわる
所在地 徳島県美馬市脇町字西大谷674

☆ 略縁起、奈良時代神亀三年)行基菩薩が、塩江より御登山になり、阿讃山脈秀峰に一寺を建立し、阿弥三尊を安置されました。平安時代の初期、延暦十年(西暦788)弘法大師も、「三教指帰」と云う大師の著書にはっきりと記されています様に「求聞持修法」をされ、弘仁六年(807年)弘法大師四十二才、二度目の登山のときに、現世の男女厄難消除、万民安楽の為に、西照大権現の御尊像を安置し、法華経を一石毎に書き、男女厄流しの秘法を修されました。又、天安二年(858年)聖宝尊師(理源大師)が登山され、高野槙を御手植になり、男女厄除厄流の大護摩を修法されました。その法が今に伝わり厄流しの寺として有名です。又、八十八番大窪寺との関係が深く東大窪寺、西大瀧寺の名で呼ばれ、別格二十ヶ寺中で最も高い海抜九百四十メートルの大瀧山上にあります。徳川時代には、高松藩(徳川)と徳島藩家老の稲田氏の祈願所と成っておりました。当時は度々炎上して現在寺宝としては、別にありませんが江戸時代には、阿波讃岐登山道に鳥居の数十八基在りました。
●西照大権現(一宇)●奥の院熊野十二社大権現(江原町清水の上)
●龍王堂●護摩堂 ●観音堂 ●弘法大師御自突ノ杖 ●不動堂
弘法大師御影堂 ●鐘楼堂 ●仁王門
案内・地図、JR徳島本線穴吹駅よりJRバスで脇町へ、脇町からはタクシー(電話にて呼ぶ)で30分。車の場合、脇町から国道193号線を北上、夏子ダムの前を左へ、寺に至る。塩江温泉からは県民いこいの森の標識あるところを左折し、小道を進んで寺に至る(カーブが多いので運転注意)。☆ (四国ネットより)

別格20番大瀧寺の本堂  07:50

別格20番大瀧寺の手水は元栓が閉じられていて水が出なかった  07:51

別格20番大瀧寺の鐘楼  07:51

別格20番大瀧寺の本堂  07:51

別格20番大瀧寺の本堂  07:52

別格20番大瀧寺の香炉  07:52

別格20番大瀧寺の境内  07:52

下界と違い910mの山上付近では梅の花が咲きかけているところでした  08:12

別格20番大瀧寺の大師堂と納経所  08:13 四国88箇所総奥の院はきっと大きな寺と期待して来てみたが焼失再建したためか規模も小さくすこし期待はずれの感があった (八十窪で同宿の遍路も同じ事を言っていた、その遍路も樺川荘から大滝寺をお参りしたようだが、西照神社に行っている間にすれ違ったのか遇わなかったし落合いからタクシーで88番大窪寺をお参りしたとの事、翌朝のバスで高松方面へ向かわれた)

別格20番大瀧寺の大師堂  08:13

別格20番大瀧寺の本堂   08:13

別格20番大瀧寺の本堂   08:14

☆ 
2016 逆打ち車遍路記事はこちら 
boianuf.hatenadiary.com
☆☆


別格20番大瀧寺納経を済ませ本堂横で樺川荘の豪華なおにぎり弁当で朝食、
不動堂の前で寺の猫が恨めしそうにニャー 08:17

別格20番大瀧寺の階段を下る   08:34

別格20番大瀧寺前県道106号線からの景色   08:34

別格20番大瀧寺前県道106号線からの景色   08:34

別格20番大瀧寺前県道106号線からの景色   08:34

別格20番大瀧寺前県道106号線からの景色   08:35

別格20番大瀧寺の鐘楼の横には上にある西照神社の鳥居と石段  08:36 大滝寺の御真言は 「南無西照大権現」 であるため明治に神仏分離されたようです

別格20番大瀧寺から県道106号線を少し戻ったところの標識   08:37

県道106号からの西照神社参道   08:38

西照神社の境内  08:39

西照神社の手水舎と狛犬   08:39

大滝寺横から西照神社への参道石段  08:39

西照神社の狛犬   08:39

西照神社の狛犬   08:39

西照神社境内の杉の大木と本殿   08:40

西照神社の本殿   08:44

西照神社の本殿   08:44

西照神社の本殿前  08:45

西照神社本殿からの境内  08:46

県道106号に戻って県境から香川県へ打戻  08:46 ここは徳島県香川県の境にある、当初は長谷から徳島県側の曽江谷川を上り夏子ダムからこの地点までの草深いへんろ道を上る予定であったが88番の八十窪のおばちゃんに「あぶないけんやめて落合から車道をのぼりな」   

神社を出て県道106号からの景色   08:46

神社を出て県道106号からの景色   08:47

県道106号から神社入り口と正面からは大滝寺のある徳島県    08:47

大滝寺から県道106号を下山途中の景色  08:53

大滝寺から県道106号を下山途中の景色  08:53

大滝寺から県道106号を下山途中の景色  09:12

大滝寺から県道106号を下山途中の景色  09:12

大滝寺から県道106号を下山途中の景色  09:12

大滝寺から県道106号を下山途中の景色  09:13

見える谷底の道まで打ちかえります。帰路はおばあちゃん一人、工事中の作業員とダンプカー数台に遇う    09:13

さぬき温泉を過ぎ戻り下って樺川荘本館が見えてきた  10:54

樺川荘本館の3階以上はリゾート用になっているようです  10:57 部屋に預かってくれていた荷物を受け取り礼を述べて193号線を歩いて88番大窪寺へ向かいます

国道193号線沿いのきのこの宿で 「なにができますか?」「かべのものは出来ますが、もちもちそばはどうですか」 12:01

もちもちそばを注文したら太目の田舎そばでした 580円 12:01

猪肉の佃煮というものであまがらい味でした  12:02

きのこの宿の店内  12:09

国道193号線沿いのきのこの宿  12:16

国道193号線から谷向の道へ橋を渡る   12:16

しばらくの間は国道193号線から離れてきのこの宿の裏道をこちへあるきます  12:18

歩道の無い国道193号線は車が多いので注意が必要です (痛んでいた右足首がはれてきた) 13:13

国道193号線  13:16

国道193号線  13:18

長谷の分岐で右へ行くと国道193号線は徳島の穴吹方面、左は国道377号線  13:19

国道193号線は長谷の交差点   13:20

国道377号線から長谷を振り返る   13:23

長谷から377号線を歩きました  13:23

長谷から377号線を力石まで歩きました  13:23

力石の車の修理屋に「すみません竹屋敷方面へ行くのは下の道ですか」と聞き小川を渡って歩いてきた    14:20

連日団体客で満室のため泊まれなかった竹屋敷  14:22

川向の竹屋敷  14:22

道は間もなく国道377号線に合流  14:22

竹屋敷へは左奥のみちを力石から歩いてきました、右手は額峠〜名和からの377号線  14:23

竹屋敷を後にして88番大窪寺へと歩く  14:23

へんろ道しるべ   14:30

へんろ道しるべ   14:33

へんろ道しるべ   14:34

植川からは377号線脇の旧道道を88番大窪寺へ (右足を確認する?刺された跡は無いが虫なのか?) 14:35

へんろ道しるべ   14:36

へんろ道しるべ大窪寺へ700m   15:01

☆☆


平成25年4月9日(火)
88番大窪寺 ( Iouzan Okuboji, 88th of Shikoku 88)
H450m
第88番札所 医王山 大窪寺 (いおうざん おおくぼじ)
本尊  薬師如来 (やくしにょらい 伝、弘法大師作) 
真言  「おん ころころ せんだり まとうぎ そわか」
開基  行基菩薩
宗派  真言宗太覚寺派
御詠歌 なむやくし しょびょうなかれと ねがひつつ まいれるひとは おほくぼのてら
所在地 香川県さぬき市多和兼割96番地

↖  88番大窪寺(オオクボジ)境内図

☆ 結願への最後の十八㌔の山路をたどる。長い遍路の旅もここが終着・結願の寺である。「お大師さんのおかげで巡拝できた」そのよろこびははかりしれない。寺伝によれば元正天皇のころ、行基菩薩がこの地に留錫し、弘法大師が唐から帰国してより、現在の奥ノ院の岩窟で求聞持の法を修し、大きな窪のかたわらに堂宇を建立して自刻の薬師如来を安置した。これが大窪寺のはじまりで、後に女人高野ともいわれ、参拝者で賑わったという。そそり立つ胎蔵ヶ峰を背景に本堂があり、礼堂・中殿・奥殿(二重多宝塔)からなり、ご本尊の薬師如来は奥殿に安置されている。薬壺のかわりにほら貝をもった尊容をされ、このほら貝ですべての厄難諸病をふきはらうといわれる。強い信仰のささえがあってこそ巡拝中におかげをうけたのである。打ち終えた遍路は大師堂で感謝の勤行をすませ、決まり事ではありませんが、杖・菅笠を納めてゆく人がいます。 ☆ (四国ネットより)

彼方に88番大窪寺の山門が見えてきた   15:08

88番大窪寺の山門(仁王門)  15:09

88番大窪寺の山門(仁王門)  15:09

88番大窪寺の山門(仁王門)  15:10

88番大窪寺の鐘楼からの山門(仁王門)  15:12

88番大窪寺の鐘楼からの山門(仁王門)  15:12

88番大窪寺の山門(仁王門)を入ったところの手水舎と大師堂への石段  15:12

88番大窪寺大師堂への石段  15:12

88番大窪寺の大師堂   15:34

88番大窪寺大師堂前からの仁王門と鐘楼  15:34

88番大窪寺の大師堂  15:34

88番大窪寺の大師堂と宝杖堂   15:35

88番大窪寺の二天門   15:35

88番大窪寺大師堂から本堂への参道   15:36

88番大窪寺の修行大師像と手水舎   15:36

88番大窪寺の本堂と阿弥陀堂 15:36

88番大窪寺の本堂と阿弥陀堂  15:36

88番大窪寺本堂前の五大明王不動明王像  15:36

88番大窪寺の納経所、本堂と阿弥陀堂  15:51

88番大窪寺の納経所、本堂と阿弥陀堂  15:51

88番大窪寺の本堂と阿弥陀堂  15:52

88番大窪寺の本堂前にて   15:53

88番大窪寺境内の銀杏大木  15:55

88番大窪寺境内の銀杏大木  15:55

88番大窪寺境内の石仏  15:55

88番大窪寺境内から二天門へ   15:56

88番大窪寺の二天門   15:56

88番大窪寺の二天門からの境内   15:57

88番大窪寺の二天門   15:57


2014 くるま遍路ブログ記事はこちらから 
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2016 逆打ちくるま遍路記事はこちらから 
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☆☆


88番大窪寺二天門からの門前  15:57

88番大窪寺二天門からの門前  15:58

88番大窪寺二天門からの門前  15:58

88番大窪寺門前通り  15:58

88番大窪寺門前通り  15:59

88番大窪寺門前通り  15:59

88番大窪寺の二天門前少し東側の民宿八十窪   16:00

民宿八十窪   16:00

八十窪の夕食は結願お祝いの膳  17:40

88箇所結願祝にと赤飯と紅白の煮物が付いております     17:40

鯛の刺身や酢の物も美味しかった  17:40
88箇所を廻り終え同宿の遍路は一様に笑顔で話に花が咲きました。歩く途中で屈伸や足をぶるぶるした疲れた足をほぐします、宿に着くと座布団にゆっくりと腰を下ろして正座をしももの疲れを取りますが、今日は右足首に歩きの途中から消炎軟膏を塗ったりしてきましたが直りません腫れてパンパンになっています。


結果的にこの腫れと痛みは4月11日に高野山奥の院での納経を済ませ自宅に帰り毛虫刺され処置用のダイアコート軟膏を一日一回三日間塗ないと直らなかったのです。(この軟膏は3日以上は塗らないようにと皮膚科の袋に書いてある)