平成31年4月30日

平成31年4月30日(火曜日)天皇陛下の退位で30年間の平成が終わります。

30年前、私共家族はドイツのニーダーザクセン州リュネブルグに住んでおりました。

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平成01年(1989)4月30日(日曜日)ドイツのニーダーザクセン州リュネブルグのKalkbergにて

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平成01年(1989)4月30日(日曜日)ドイツのニーダーザクセン州リュネブルグのKurparkにて

昭和63年(1988)11月13日 FLG工場立ち上げメンバー5名と共にドイツ駐在(私は2度目のドイツ駐在)の為にアラスカ・アンカレッジ経由でドイツのハンブルグ空港に到着、赴任地のニーダーザクセン州リュネブルグへ移動、初はモーテルで泊まりしながらの仮操業、1989年1月7日に昭和64が平成元年になった。FLG仮操業も軌道に乗り、駐在員はそれぞれモーテルからアパートに移り住み、平成01年(1989)3月16日(木曜日)ハンブルグ空港で4組が家族を迎えいれドイツでの家族生活が始まったのです。このとき就学年齢の子が居るのは私共だけ、2人は本人たちの希望でドイツの学校に転入した。FLG新工場が出来て工場も軌道に乗った1992年 「あとはドイツ人に任せて帰国してくれ」 と辞令がおり、それぞれの家族は相前後して帰国した。ドイツの学校で就学中の私共家族は、私が家族をドイツに残して単身帰任し数カ月後にF社を退社、ドイツ勤務できる転職先として産業機器のM社と面接し、再びドイツの家族の元へ、バーデン=ヴュルテンベルク州( Baden-Württemberg)にあるM社の責任者を2005年8月までしておりました。そんな経緯から子供たちは、平成元年(1989)から30年以上にわたりドイツにとどまって、各が大学の修士を取って、今はドイツ企業に務めております。

ふと30年前の写真を観ながら回想しました。