四国88箇所 🚙 36 大宝寺 岩屋寺

四国88箇所車遍路 🚙 36 大宝寺 岩屋寺

Shikoku pilgrimage 88
2014-10-30 
44番大宝寺  ( Sugozan Daihouji, 44th of Shikoku pilgrimage 88 ) 
Above sea level 560m
第44番札所 菅生山 大宝寺 (すごうざん だいほうじ) 
本尊  十一面観世音菩薩 (じゅういちめんかんぜおんぼさつ)
真言  「おん まか きゃろにきゃ そわか」
開基  明神右京・隼人
宗派  真言宗豊山派
御詠歌 いまのよは だいひのめぐみ すがうさん ついにはみだの ちかひをぞまつ
所在地 愛媛県上浮穴郡久万高原町菅生2番耕地1173番地
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☆ 昔から足摺岬金剛福寺に次ぐ約八十㌔の長い旅路で、札掛、下板場、鴇田の三つの大きな峠を越えるもっとも苦しい道中。札所もちょうど半分。遍路にとってまさに峠の寺でもある。久万という老女が大師と出会い、その名が地名となった久万町は、海抜四百九十㍍の高地にあり、大宝寺の境内は樹齢数百年の杉や桧の老樹が林立し、幽寂な空気がただよう。寺は大宝元年(七〇一)に、百済の僧がこの地に草庵を結び十一面観世音を安置したのがはじまりで、後に開削当時の年号にちなみ、大宝寺として創建され、やがて弘法大師霊場に定めた。保元年間に後白河法皇が、元禄年間に住持の雲秀法師がそれぞれ再興し、現存の本堂は大正十四年の再建。寛保や天明の農民一揆の時など、藩主や農民からの信頼はあつく、また寺の権威も高く、そのころ十二坊を有し、隆盛をきわめた。昭和五十九年に大師堂が新築建立された。宿坊で出る心のこもつた精進料理は評判がよい。☆ (四国ネットより)


駐車場は境内にあり手水舎から本堂下に出る、石段上は44番大宝寺の本堂

石段を上がって本堂前の鐘楼

手前の鐘楼は大師堂前の鐘楼で奥に見えているのが本堂前の鐘楼

鐘を打つ

本堂と大師堂の間に立つ厄除観音像

44番大宝寺の本堂

44番大宝寺の本堂

44番大宝寺の本堂

44番大宝寺の大師堂 (2013.03.25)

44番大宝寺の納経、墨書き御朱印と開創1200年記念スタンプ Osamekei of Daihouji with the retractor 1200 Memorial special stamp.

44番大宝寺の本尊御影 Principal image card of Daihouji temple is usually black and white. The red card is the retractor 1200 Memorial special.

☆☆
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2016 逆打ちくるま遍路記事はこちらから 
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☆☆


Shikoku pilgrimage 88
2014-10-30
45番岩屋寺  ( Kaiganzan Iwayaji, 45th of Shikoku pilgrimage 88 ) 
Above sea level 670m
第45番札所 海岸山 岩屋寺 (かいがんざん いわやじ)
本尊  不動明王 (ふどうみょうおう 伝、弘法大師作)
真言  「のうまく さんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ そはたや うんたらた かんまん」
開基  弘法大師
宗派  真言宗豊山派
御詠歌 だいしょうの いのるちからの げにいわや いしのなかにも ごくらくぞある
所在地 愛媛県上浮穴郡久万高原町七鳥1468
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☆ 弘仁六年、弘法大師がこの地を訪れた時、怪岩奇峰の深山に、不思議な神通力をもった法華仙人と称する女がいた。この女は大師に帰依し、一山を献じて大往生をとげた。そこで大師は不動明王の木像と石像の二体を刻まれ、木像は本堂へ、石像は山に封じこめ、山そのものをご本尊不動明王として護摩修法された。そして寺号を海岸山岩屋寺と名づけた。それ以来修行の霊地として法灯は継承され、現存の本堂は昭和二年の再建。 この山には七種の霊鳥が住んでいたことから古くより七鳥という地名でよばれている。山麓から六百㍍急勾配の参道を登る。道中行倒れの遍路の墓もある。本堂は巨大な岩石におおわれている。岩そのものは凝灰岩だがこれが五十あまりそれぞれ空にそびえ、山容は奇怪そのもの。いずれも名称があり本堂左右の岩山は胎蔵界峰、金剛界峰とよばれ、大師の行場は「迫割禅定」と称する岩山。山頂には白山権現がまつられている。平成十九年、一九二〇年再建の大師堂が国の重要文化財に指定された。☆ (四国ネットより)


45番岩屋寺参道の仁王石柱門、石注の上にミニチュアの仁王像が乗っている

45番岩屋寺参道の仁王石柱門、石注の上にミニチュアの仁王像が乗っている

45番岩屋寺の山門

45番岩屋寺の山門

45番岩屋寺山門からの参道は上りで長い

参道途中にある「道開き不動尊」のお堂、お堂の奥横には酒水大師という石柱もある、参道はこれより左折れする

左へ回ると地蔵尊

地蔵尊

ここから境内へあと一息です

不動堂と地蔵尊

鐘楼から見た岩屋

休憩所と納経所

大師堂を過ぎて仁王門をくぐり山を入っていくと三十六童子行場、逼割禅定(せりわりぜんじょう)・鎖禅定がある奥の院

本堂の横には岩屋の仙人堂へ上れる梯子があります(2013.03.25) 寺伝によれば、弘仁6年(815年)霊地を探して山に入った空海弘法大師)は、山中で神通力を備えた法華仙人という女性と出会う。仙人は空海に帰依して山を献上した。空海不動明王の木像と石像を刻み、木像は堂宇を建立して本尊として安置、石像は奥の院の岩窟に祀って秘仏とし、岩山全体を本尊としたという。山号の「海岸山」は空海の作とされる  「山高き谷の朝霧海に似て松吹く風を波にたとえむ」  の歌による。山中の霧を海にたとえた歌である。(HPより)

仙人堂から手前本堂の屋根と大師堂の屋根

仙人堂へ上る梯子の手すりと下は本堂

仙人堂への梯子と岩屋寺

仙人堂の五輪塔

客殿「遍照閣」玄関の龍の像

客殿「遍照閣からの岩屋寺境内

客殿「遍照閣からの岩屋寺境内

客殿「遍照閣からの岩屋寺境内

鐘楼

岩屋寺の境内

岩屋寺の境内

45番岩屋寺の納経、墨書き御朱印と開創1200年記念スタンプ Osamekei of Iwayaji with the retractor 1200 Memorial special stamp.

45番岩屋寺の本尊御影 Principal image card of Iwayaji temple is usually black and white. The red card is the retractor 1200 Memorial special.

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納経を終えて参道を地蔵、不動堂へと下る

納経を終えて参道を地蔵、不動堂へと下る

納経を終えて参道をと下る

参道の茶店

参道の茶店

久万高原の地名由来のおくままんじゅう
≪おくまさんのおはなし≫
むかし、旅のお坊さんが松山から土佐に向かっている途中、三坂峠を越えると小さな山里の一軒家があり、その家の間口でお経を唱えていました。すると、「おくま」というおばあさんが出てきて、温かいお茶と手作りのおまんじゅうをふるまってあげたそうです。それに感激したお坊さんが「何かお返しをしたい。望みはなにか」と尋ねると、おくまおばあさんは「ここはたいそう寂しいところなので、人がたくさん来るまちにしてほしい」とお願いしたそうです。 やがて、このまちに大勢の人が訪れるようになり、にぎやかになったと伝えられています。そのお坊さんは、あの弘法大師だったのです。(高市本舗 おくま饅頭のHPより)