壱岐 9

ミステリーツアー最終日、バスは9時20分出発予定、ホテルの前 に 「お宝地蔵」 の
幟が立っていたので出発時間までお宝地蔵を訪ねることにしました。 
ホテル壱岐ステラコート大安閣から 「お宝地蔵」 まで300m(歩いて3分)

丁度、宿泊客を見送りに外に出ていたホテルの女将さんから永田川を少し歩くとお宝地蔵はあると聞き、川沿いに歩き、途中の平田飼料店で店番しているおばあちゃんに道を尋ねると 「すぐそこに幟がたくさん立っているのですぐわかりますよ」 と教えて貰いお宝地蔵を尋ねました。

お宝地蔵堂の前には菩薩か地蔵が六体づつ彫られた石塔が灯篭のように左右に2基ありました。
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身丈が高く色白でイケメンのお地蔵さまでした、お地蔵様の視線の先に小左衛門のお宝が埋められているとか?
鐘を打ち、「おん かかか びさんまえい そわか」 真言を唱えお祈りしました。
ミステリーツアー別組の人もお参りしておられました。
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江戸時代の初め、博多呉服町に伊藤小左衛門という2代続いた豪商がいました。このお地蔵さんはその伊藤小左衛門が博多で作らせたものを壱岐に持ってきてここに据えたものだといわれています。伊藤小左衛門、表の顔は黒田藩の御用商人で、朝鮮から大阪までをまたにかけて活躍していた大金持ちの商人でした。主に、鉄製品の売買や加工をしたり、各地の特産物の売買をしていました。また、黒田藩の許可を得て「伊藤小判」という貨幣も発行するほどの権力もありました。しかし、伊藤小左衛門には裏の家業もありました。それは、壱岐に基地を置いて、禁制品の密貿易と海賊をやっていました。当時、江戸幕府鎖国をしていた時代です。小左衛門は、幕府が御朱印船以外は海外貿易を禁止しているにもかかわらず、帰国する前には必ず船を壱岐に着け、海外で買い集めたり、略奪したりして手に入れた財宝の一部をひそかに陸揚げし、壱岐の秘密のある場所に毎回隠して埋めていました。ところが、朝鮮に武器を輸出しようとしていた時に、暴風雨に会い、船が難破し、対馬の鰐浦に漂着してしまい、ある者がおそれながらと、訴えたために抜荷がばれてしまいました。 長崎奉行の厳しい追求により、北九州各地にいた商人、船主、通訳、刀剣の製造業者などおよそ100名ほどの者が捕まり、大規模な密貿易の全容が明らかになり、小左衛門以下、一族郎党を含めて数10名がはりつけの刑にされてしまいました。しかし、母子3人は助命されたともいいます。小左衛門は49歳でした。一方、小左衛門は信仰心も厚く、この地にあったお寺の山門に、博多で作らせた2m余りの地蔵尊を寄進しました。お地蔵様は花崗岩(かこうがん)でできています。壱岐の人々は、この地蔵様を小左衛門地蔵と呼び、家内安全、無病息災、商売繁盛の守り尊として扱い、霊験あらたかでご利益をもたらす地蔵尊として、300年以上も経った今でもお参りする人が絶えません。また、昔から、ここにお参りすると大金持ちになれるともいわれています。  以上、壱岐の自然と文化遺産研究保存会HPより
壱岐について詳しくは、壱岐の自然と文化遺産研究保存会HP  http://www.ikishi.sakura.ne.jp/conte4.html )にアクセスしてください 
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道路から少し石段を上ったところにお宝地蔵堂はありました。
御利益があることを期待しながらホテルへと引き換えしました。

永田川土手に咲いていた八重椿


ミステリーツアー最終日、壱岐最後の観光は一支国博物館

9時20分ホテルスタッフの見送りを受けで8.5km(19分)バス移動で一支国博物館へ

黒川記章がデザインした壱岐市一支国博物館は、長崎県壱岐市にある博物館。近くにある「魏志倭人伝」に記された一支国の王都跡とされる原の辻遺跡壱岐島内の遺跡に関する資料や出土品を収蔵展示しています。

建屋の右側には長崎県埋蔵文化財センターが併設されており、ガラス越しに収蔵庫内が見え、廊下の反対側は出土した土器の復元をしている施設かあり作業の様子も見学できました。

壱岐市一支国博物館のエントランスからボランティアガイドに誘導され、見学エントランスホールの階段の上で魏志倭人伝に書かれている一大国(一支国壱岐)の説明を聞き、ビデオ映像を見た後、時代をさかのぼるように展示された展示物の説明を聞きながら一階展示ホールへ


魏志倭人伝一支国の部分;
” 又南渡一海千餘里名曰瀚海至一大國官亦曰卑狗副曰卑奴母離方可三百里多竹木叢林有三千許家差有田地耕田猶不足食亦南北市糴 ”
” 又南に一海を渡ること千余里、名づけて瀚海(かんかい)と日う。一大國(イチダイコク)に至る。官は亦(ま)た卑狗と日い、副を卑奴母離と日う。方三百里ばかり。竹木叢林(ちくもくそうりん)多く、三千許(ばかり)家有り。差(やや)田地有るも、田を耕すも猶(な)お食すること足らず、亦南北に市糴(してき)す。 ”
魏志倭人伝全文に興味のある方は 「魏志倭人伝全文」で検索すると候補が出ます。




一支国博物館内

一支国博物館内

原の辻遺跡ジオラマ
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原の辻遺跡ジオラマ
詳しいジオラマの説明は原の辻一支国王都復元公園のHP
http://www.iki-harunotsuji.jp/fukugen_park/core_area/ を参照してください

原の辻遺跡ジオラマ

原の辻遺跡ジオラマ

原の辻遺跡ジオラマ

原の辻遺跡ジオラマ

原の辻遺跡ジオラマ

原の辻遺跡ジオラマ

壱岐市一支国博物館から望む原の辻遺跡 (写真中央)
壱岐市一支国博物館の展示物や説明は、
壱岐市一支国博物館HP http://www.iki-haku.jp/ を参照してください
詳しい復元建屋等の説明は原の辻一支国王都復元公園のHP
http://www.iki-harunotsuji.jp/fukugen_park/core_area/ を参照してください


ミステリーツアーは壱岐での観光見学ツアーを終え博多行きフェリー乗り場芦辺港へ

一支国博物館から6.5km(17分)バスで移動し博多行きフェリー乗り場芦部港へ

壱岐対馬フェリーポート前には元寇の時に戦った小弐資時の銅像がありました

壱岐対馬フェリーポート前の小弐資時の銅像

壱岐ー博多フェリーの乗船券

フェリーは芦辺港を出港、壱岐を後にした

フェリーは芦辺港を出港、壱岐を後にした

フェリーは芦辺港を出港、壱岐を後にした

フェリーは博多港へと入ってきた

博多港に入港

旋回し桟橋に接岸し乗降ゲートをかけて下船

博多港に接岸した対馬壱岐フェリー


昼食はベイサイドプレイス博多の中にある博多豊一に海鮮丼が予約準備されていた

トッピング種類の多い新鮮な海鮮丼の昼食がツアー食べられ満足でした

博多豊一の海鮮丼

ウニがたっぷり

フレッシュフィッシュ

ウニものせた海鮮丼

漁師汁

博多豊一の壁のメニュー、海鮮丼+漁師汁で1280円とある安い

食後の散策は博多ベイサイドプレス

博多ベイサイドプレス

博多ベイサイドプレス

博多ベイサイドプレス

博多ベイサイドプレスの待ち合わせ場所に集まり4名ずつタクシー(ツアーに込み)に分乗し福岡空港へ移動、チェックインを済ませ出発までゲート待合でくつろぐ

出発ゲート待合の壁に 「よか」 とある、今回のミステリーツアーは 「 よか 」 でした。
福岡空港からB767-300に搭乗し大阪伊丹空港へ定刻前に到着、モノレールと地下鉄を乗り継ぎ、離島ミステリーツアーから無事帰宅。