四国88箇所 🚙 38 八坂寺 西林寺

四国88箇所車遍路 🚙 38 八坂寺 西林寺

Shikoku pilgrimage 88
2014-10-30
47番八坂寺 ( Kumanozan Yasakaji, 47th of Shikoku pilgrimage 88 ) 
Above sea level 91m
第47番札所 熊野山 八坂寺 (くまのざん やさかじ) 
本尊  阿弥陀如来 (あみだにょらい 伝、恵心僧都作)
真言  「おん あみりた ていせい からうん」
開基  役行者小角
宗派  真言宗醍醐派
御詠歌 はなをみて うたよむひとは やさかでら さんぶつじょうの えんとこそきけ
所在地 愛媛県松山市浄瑠璃町八坂773
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☆ 当山の歴史は古く、大和時代から約千三百年余りも続く古刹であり、お大師さまがお生まれになられる、百数十年ほど前に修験道の開祖、役の行者小角(神変大菩薩)によって開かれました。八坂寺の寺号はますます栄えるを意味する「いやさか(八坂)」に由来し、大宝元年に第四十二代文武天皇の勅願寺として小千伊予守玉興公が、七堂伽藍を建立するにあたり、大堂山(現在は大友山)に八ヶ所の坂道を切り開いて寺を創建したからとも言われている。又、都の朝廷とも関係深く、勅使の出入りの盛んな寺でもあり、弘仁六年お大師さまが八十八ヶ所の霊場に定められた。その後は、修験道の根本道場として栄え、紀州から熊野権現の分霊を移して十二社権現と共にお祀りして、山号を熊野山とし「熊野山八坂寺」と呼ばれるようになった。当山は修験道場のため開基以来、住職は代々八坂家の世襲であり、今に至っております。☆ (四国ネットより

194号の衛門三郎の里から左へ入る(標識)P駐車場(無料)へは門左手から入る
この辺りは伝説の元祖遍路衛門三郎の住んでいたところである。
天長年間の頃の話である。伊予国を治めていた河野家の一族で、浮穴郡荏原郷(現在の愛媛県松山市恵原町・文殊院)の豪農で衛門三郎という者が居た。三郎は権勢をふるっていたが、欲深く、民の人望も薄かったといわれる。あるとき、三郎の門前にみすぼらしい身なりの僧が現れ、托鉢をしようとした。三郎は家人に命じて追い返した。翌日も、そしてその翌日と何度も僧は現れた。8日目、三郎は怒って僧が捧げていた鉢を竹のほうきでたたき落とし(つかんで地面にたたきつけたとするものもあり)、鉢は8つに割れてしまった。僧も姿を消した。実はこの僧は弘法大師であった。三郎には8人の子がいたが、その時から毎年1人ずつ子が亡くなり、8年目には皆亡くなってしまった。悲しみに打ちひしがれていた三郎の枕元に大師が現れ、三郎はやっと僧が大師であったことに気がつき、何と恐ろしいことをしてしまったものだと後悔する。三郎は懺悔の気持ちから、田畑を売り払い、家人たちに分け与え、妻とも別れ、大師を追い求めて四国巡礼の旅に出る。二十回巡礼を重ねたが出会えず、大師に何としても巡り合い気持ちから、今度は逆に回ることにして、巡礼の途中、阿波国の焼山寺の近くの杖杉庵で病に倒れてしまう。死期が迫りつつあった三郎の前に大師が現れたところ、三郎は今までの非を泣いて詫び、望みはあるかとの問いかけに来世には河野家に生まれ変わりたいと託して息を引き取った。大師は路傍の石を取り「衛門三郎再来」と書いて、左の手に握らせた。天長8年10月のことという。(Webより)

駐車場から47番八坂寺境内は向かい側ですが山門へまわって入山します

47番八坂寺山門は屋根付き橋のようになった単層小型の門で、天井には絵が描かれている極楽橋。

極楽橋門を入ると右手に手水舎と47番八坂寺納経所

47番八坂寺の鐘楼

47番八坂寺の本堂、本堂の右手小堂は権現堂

47番八坂寺の本堂

47番八坂寺の大師堂、右手の小堂は閻魔堂

閻魔堂からの八坂寺境内

47番八坂寺境内

47番八坂寺駐車場奥のいやさか不動明王立像

47番八坂寺の納経、墨書き御朱印と開創1200年記念スタンプ Osamekei of Yasakaji with the retractor 1200 Memorial special stamp.

47番八坂寺の本尊御影 Principal image card of Yasakaji temple is usually black and white. The red card is the retractor 1200 Memorial special.

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2016 逆打ちくるま遍路記事はこちらから 
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Shikoku pilgrimage 88
2014-10-30
48番西林寺 ( Seiryuzan Sairinji, 48th of shikoku pilgrimage 88 ) 
Above sea level 43m
第48番札所 清滝山 西林寺 (せいりゅうざん さいりんじ)  
本尊  十一面観世音菩薩 (じゅういちめんかんぜおんぼさつ)
真言  「おん まか きゃろにきゃ そわか」
開基  行基菩薩
宗派  真言宗豊山派
御詠歌 みだぶつの せかいをたづね ゆきたくば にしのはやしの てらにまいれよ
所在地 愛媛県松山市高井町1007
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☆ 松山方面に向かって約五㌔ほど行くと田園の中に西林寺がある。川の土手より低い所に寺があることから、罪ある者が門を入ると無間地獄に落ちると遍路はよび、関所寺といっている。前を流れる内川の附近には「ていれぎ」という草が自生し、市の天然記念物に指定されている。本堂は、元禄十四年(一七〇一)の再建。縁起によれば聖武天皇の勅願によって天平十三年(七四一)行基菩薩が徳威の里に堂宇を建立し、一宮別当寺として開創した。大同二年(八〇七)には弘法大師は現在地に寺を移し、十一面観世音菩薩を刻んで本尊として安置した。また、大師は大旱魃に悩む村民を救済するため、杖を所々に突いて清水の湧く水脈を発見し、村民をうるおした。寺の西南にある「杖の渕」はその遺跡だという。寺の周囲のいたるところに小川が流れている。「お大師さまのおかげで水だけは不自由しない」と地元の人々は杖の渕に修行大師像を奉安し感謝している。☆ (四国ネットより)

194号から207号を北上道成で40号、高速下をくぐり川を渡って48番西林寺の山門脇の駐車場(無料)へ

48番西林寺山門からの境内

鐘楼と本堂

48番西林寺の鐘楼、本堂、大師堂、手水舎

48番西林寺の手水場

48番西林寺の本堂と大師堂

48番西林寺の本堂

48番西林寺の本堂

48番西林寺の大師堂

48番西林寺の境内

48番西林寺の鐘楼

48番西林寺の山門、手水舎、鐘楼

48番西林寺の納経、墨書き御朱印と開創1200年記念スタンプ Osamekei of Sairinji with the retractor 1200 Memorial special stamp.

48番西林寺の本尊御影 Principal image card of Sairinji temple is usually black and white. The red card is the retractor 1200 Memorial special.
納経を終え昼時になった、駐車場から川を隔てて少し先に手打ちうどんの店 「うどん味十味」 が目についたので店まで歩いて行ったが定休日で閉まっていた。

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