四国霊場逆打ち車遍路 🚘 18

四国霊場逆打ち車遍路 🚘 18 善通寺 仏母院 海岸寺

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2016.10.28(金) 
四国88ヶ所、75番札所善通寺
宿坊いろは会館には11名のオーストラリア人あるき遍路も宿泊し
6時から御影堂でのお勤めにも参加され、作法もちゃんとされておられました。

荷物を駐車場の車に積み込んで、善通寺東院(伽藍)へと向かいました。善通寺、西院の堀と石橋

善通寺、西院の堀と石橋


2016.10.28(金)
75番善通寺  ( Gogakuzan Zentsuji, 75th of Shikoku pilgrimage 88 ) 
EL+28m
第75番札所 五岳山 善通寺 (ごがくざん ぜんつうじ)
本尊  薬師如来 (やくしにょらい)
真言  「おん ころころ せんだり まとうぎ そわか」
開基  弘法大師
宗派  真言宗善通寺派総本山
御詠歌 われすまば よもきえはてじ ぜんつうじ ふかきちかひの のりのともしび
所在地 香川県善通寺市善通寺町3丁目3番1号

↖  75番善通寺(ぜんつうじ)境内図

大師生誕の地・善通寺のシンボル五重塔を前方に見ながら市街へ入ると、左に伽藍といわれる東院があり、約三㌶の境内にご本尊の薬師如来を奉安した金堂、五重塔、釈迦堂など。そして東に赤門、西に中門、南に大門がある。一方、右には誕生院といわれる西院があり、四㌶の境内に仁王門、勅使門、御影堂、産湯井、その他諸堂がある。善通寺派の総本山であるだけに、四国一の規模を誇り、大師ご誕生の地にふさわしい。大師は唐より帰朝後、大同二年(八〇七)真言宗弘通の勅許を得て、先祖の氏寺の建立を発願した。父の善通卿は自身の荘田を提供され、六年の歳月をかけて七堂伽藍を完成させた。堂塔は唐の青龍寺を摸してつくられ、寺名は父の名をとって善通寺と名づけられた。そして寺の背後に五峰がそびえていることから、山号を五岳山と称した。御影堂は四棟からなり、礼堂と中殿は大師の父善通卿、奥殿は母玉依御前の館の跡で、現在の奥殿がお大師さまの御誕生地と言われている。 (四国ネットより)

善通寺東院の釈迦堂、鐘楼と五重の塔

善通寺五重塔

善通寺東院の鐘楼と五重の塔

善通寺の金堂(本堂)、手水は大石内蔵助が寄進した大きな石でできています

香炉の線香は立てずにねかせる

線香はねかせてください

善通寺の境内、正面の大楠は空海も子供のころ登ったとか

善通寺の金堂(本堂)

東院から西院への途中に善通寺の塔頭、観智院があります。大同二年弘法大師が創建、善通寺が最盛期だった弘安年間には、四十九の塔頭が散在していたが、当院はその時、十善坊と称し、寺内塔頭の筆頭として、一山の寺務を掌握していたと言います。

観智院の玄関と修行大師像

観智院の説明
大同二年(807)弘法大師の創建にして往時は十善坊と号して一山の寺務を掌握して通行手形なども発行していた。観智院と称するようになったのは中世に入ってからである。現存の建物は大正十四年に再建され本尊十一面観音は高松藩主松平公の息女が庵を結ばれていた寺の本尊を遷したと言われ、安産、子育ての守護仏として(俗に子安観音とも云われている)婦女子の信仰の厚い寺である。大師修行像は昭和九年大師一千百御遠忌の時に建立され、
周囲の石仏は四国八十八カ所の御本尊を配し各寺のお砂が埋められていて、この像の周りを一周すると八十八ヶ所を巡拝した功徳がある。

善通寺西院(誕生院)の仁王門

善通寺西院の仁王門の仁王像

善通寺西院の仁王門の仁王像

善通寺西院の仁王門の仁王像

善通寺西院の仁王門の仁王像

御影堂前の御影池の弘法大師像と両親、善通公と玉依御前の像と如来

御影堂前の御影池

御影の松(枯木)と空海の幼少、真名の像
昔御影の池の上に茂っていた松です。延暦23年大師入唐の際に御両親はお名残を惜しまれた。大師は夕刻この樹にのぼり池に映る御姿を描き片身とされました。その時香色山上に釈迦如来が現れ後光で明々と照らしたと言う。御影は後、土御門天皇より瞬き大師の称号を賜り、現在御影堂奥殿に安置されています。

空海の幼少真名の像と御影堂

納経所で宝号印を納経帳にお納経、本尊御影と平成28年閏年参拝記念の散華を頂きました

善通寺西院の境内と表書院、左奥が宿坊、いろは会館

聖靈殿と護摩堂(右)

駐車場から車で四国霊場、別格18番札所海岸寺へ向かいました

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2013 あるき遍路ブログ記事はこちらから 
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2014 くるま遍路ブログ記事はこちらから 
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2016.10.28(金) 
海岸寺
いろは会館の駐車場から四国霊場、別格18番札所海岸寺へのルート

市民グランドのある県道48号線 まで進む  3 分(700 m)
左折して県道48号線に入る  3 分(1.8 km)
「松阪焼肉本店」の信号を右折、県道217号線 から 多度津町 西白方 まで行く 7 分(3.7 km)
左折する  2 分(120 m)



2016.10.28(金) 
佛母院
海岸寺へ行く前に弘法大師の御母堂屋敷跡と言われている仏母院へ 650m
県道21号線を右折して海岸寺郵便局角を右折して仏母院へ
駐車場には仏母院保育園へ子供を送ってきたママさんの車がたくさん来ており
「すみません、御えな塚を訪れたいのですがどこにありますか?}と尋ねたがはっきりしない
「お寺のほうにはないので、不動堂後ろの畑にあるのがそれでは?」と教えて貰いました。

不動堂裏の墓地からあぜ道を歩いてすぐありました

御えな塚、胞衣(えな)とへその緒を納めた「胞衣(えな)塚」
お大師様の御母公玉依御前の御屋敷跡と言われお大師様生誕地として伝承されております。

御えな塚

御えな塚

駐車場に戻り見ると生垣の前に仏像と献灯台があり柵の中には井戸がありました

その井戸の中では亀が泳いでいました



2016.10.28(金) 
四国別格20霊場、18番海岸寺
仏母院の駐車場から県道21号線に戻り西へ海岸寺

海岸寺山門の力士像

海岸寺山門の力士像

海岸寺山門の力士像

海岸寺の山門と力士像


番外別格18番海岸寺 ( Kyounouzan Kaiganji, Ex. 18th of Shikoku 88 ) 
EL+3m
番外別格第18番札所 経納山 海岸寺 (きょうのうざん かいがんじ) 
本尊  聖観世音菩薩  (せいかんぜおんぼさつ)(本坊)
    弘法大師誕生佛 (こうぼうだいしたんじょうぶつ)〈奥之院〉
真言  「おん あろりきゃ そわか」
開基  弘法大師
宗派  真言宗醍醐派
御詠歌 せとのきし まなこやひらく かいがんじ よろこびみちぬ 身も心にも (本坊)
御詠歌 わだつみの岸のお寺の産盥(うぶだらい)すすいでかける湯手掛の松 (奥の院
所在地 香川県仲多度郡多度津町大字西白方997-1

略縁起、歩いて巡っていた時代でも、たいていのお遍路さんは、ぬかしてならない番外札所として海岸寺へは参ってくれていた。今は、バスや先達まかせで海岸寺を知らず寄らずが多くなった。まず海岸寺を知り、海岸寺へ寄って戴く事が一番。その人はしあわせの始まり。今は施設のととのった本坊本堂へ参る方が多い。だが、大師御産屋あと、奥の院大師堂こそ本命。本堂だけ参るのは高野山で本山金剛峰寺だけ参って奥の院へ参らぬのと同じ。奥の院へ参ればお開帳。誕生大師・御両親・四天王・そして御産盥。大師の刻まれた光明真言石でお加持を受ければ、疲れや病気もふっとぶ思い。時間に応じてまんだら園、一万トン近い巨石を投じて築園。白壁をめぐらし、なるほどとうなずく法句四十碑。ミニ百八カ所には二百種にも及ぶ珍木。名花。若返りの泉、ウスサマ堂。四国三十六不動三十一番霊場悪縁断ち不動さん。何たって景色の良さに、みんなびっくり。案内・地図、JR海岸寺駅より200メートル。車の場合、国道11号線沿いの出光GSの角を北へ3キロ (四国ネットより)

海岸寺の本堂(本坊)

海岸寺の本堂(本坊)

車で予讃線の線路を渡り海岸寺奥の院(大師堂)へ

海岸寺奥の院(大師堂、盥堂)

海岸寺奥の院(大師堂、盥堂)
納経所は団体客で忙しそうでした、ひと段落し私共だけになるとあれこれ説明を受けお堂の中の黒い箱の中を見せていただきました、中には石の臼が入っていて「お大師様が産湯を使った盥」という事でした。 現在は予讃線の線路が本坊と奥の院の間を走って寺領も狭くなったが元は広大な敷地の寺院であったとのことでした。



番外別格20霊場、第18番札所 海岸寺の宝号印、墨書きお納経

海岸寺の本尊御影(おすがた)と本尊梵字(2016年)、散華は2013年歩き遍路の時に

海岸寺奥の院弘法大師産湯の井戸のお堂

四国霊場別格20霊場、18番海岸寺奥の院の湯手掛けの松株のお堂

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2013 あるき遍路ブログ記事はこちらから 
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別格18番海岸寺奥の院から71番弥谷寺へのルート (5.6km)/10分
県道21に戻る (400m)/2分
左折し県道221の久保谷交差点へ(2.9km)/3分
左折し (1.1km)/2分
弥谷寺の表示に従い (1.2km)/3分 で71番弥谷寺の駐車場へ