四国霊場逆打ち車遍路 🚘 16

四国霊場逆打ち車遍路 🚘 16 金倉寺 甲山寺

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2016.10.27(木) 
四国88ヶ所、76番札所金倉寺
76番金倉寺  ( Keisokuzan Konzouji, 76th of Shikoku pilgrimage 88 ) 
EL+18m
第76番札所 鶏足山 金倉寺 (けいそくざん こんぞうじ)
本尊  薬師如来 (やくしにょらい 伝、智証大師作)
真言  「おん ころころ せんだり まとうぎ そわか」
開基  和平道善
宗派  天台宗寺門派
御詠歌 まことにも しんぶつそうを ひらくれは しんごんかじの ふしぎなりけり
所在地 香川県善通寺市金蔵寺町字本村1160番地

↖  76番金倉寺(こんそうじ)境内図

☆ 昔から文化の程度の高かったのは、四国では讃岐の那珂郡と多度郡で、この地からすぐれた人物を生みだした。多度郡弘田郷の豪族であった佐伯一門からも、弘法大師をはじめ、知泉円珍(智証)真雅などの高僧が輩出している。なかでも智証大師は善通寺から四㌔はなれた金倉郷に弘法大師の姪を母として弘仁六年(八一五)に生まれた。幼少のころから経典を読み、十四歳で叡山に登り、後に唐へ留学し、やがて延暦寺五代座主となり、三井園城寺を賜わって伝法灌頂の道場とした。金倉寺は智証大師の祖父和気道麿によって宝亀五年(七七四)開創され、道善寺と称していた。智証大師は唐より帰国後しばらく留まり、先祖の菩提にと唐の青龍寺を模して伽藍を造営し、後に勅願寺となり、延長六年(九二八)醍醐天皇が金倉の郷にあるので金倉寺に改称した。当時の寺域は広大であったが、戦乱のために縮小した。明治三十一年から四年間、乃木将軍が滞在したことで知られる。☆ (四国ネットより)

駐車場から仁王門へまわり

門の左側、一礼して境内へ

金倉寺、仁王門の仁王像

金倉寺、仁王門の仁王像

金倉寺、仁王門の仁王像

金倉寺、仁王門の仁王像

金倉寺、仁王門から入り、参道を進むと正面に本堂、本堂の右手に納経所、
左に進むと大師堂がある

金倉寺の鐘楼

12本の柱と屋根だけの鐘楼

金倉寺の本堂

金倉寺の本堂

金倉寺水子地蔵尊像「 一願一杓 一杓に一つの願いを込めてお地蔵さまにお水をかけてください 」

金倉寺水子地蔵尊

金倉寺の本堂、軒にある大きな数珠を引くと数珠玉がカチカチと音を立てます

円珍(智証大師)像、空海弘法大師)の甥(もしくは姪の息子)にあたる人

金倉寺の大師堂

大師堂の額には、神変菩薩(役行者)、智証大師(円珍)、弘法大師(空海

十一面観音を祀る観音堂

訶梨帝母(鬼子母神)を祀る訶梨帝堂

訶梨帝堂の鳥居

訶梨帝堂(左)と本堂

訶梨帝堂(左)と本堂

納経所で宝号印を納経帳にお納経、本尊御影と平成28年閏年参拝記念の散華を頂きました

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2016.10.27(木) 
四国88ヶ所、74番札所甲山寺
この日は75番札所善通寺の宿坊 「いろは会館」 に泊まるので、
先に74番甲山寺、73番出釈迦寺、72番曼荼羅寺を打つことにした。

道は遠回りだが判りやすい善通寺経由ルートにした
76番金蔵寺から74番74番甲山寺ルート (4.9km)/12分
左折しすぐ右折(今倉寺前信号)左折し
左折し県道25 (1.7km)/3分
上吉田町信号を(善通寺の表示)を右折 (1.9km)/4分 
左斜め方向へ県道48を市民球場まで (750m)/1分
甲山寺の表示)に従い 「せい麺屋」 角を右折し
次を左折し (450m)/1分 で74番甲山寺の駐車場


2016.10.27(木) 
四国88ヶ所、74番札所甲山寺
74番甲山寺  ( Iouzan Kouyamaji, 74th of shikoku pilgrimage 88 ) 
EL+21m
第74番札所 医王山 甲山寺 (いおうざん こうやまじ)
本尊  薬師如来 (やくしにょらい 伝、弘法大師作)
真言  「おん ころころ せんだり まとうぎ そわか」
開基  弘法大師
宗派  真言宗善通寺派
御詠歌 じうにしん みかたにもてる いくさには おのれとこころ かぶとやまかな
所在地 香川県善通寺市弘田町1765番地1

↖  74番甲山寺(こうやまじ)境内図

☆ 弘法大師は幼いころこの附近で遊ばれた。土の仏像や草木の小堂をつくったり、石を重ねて塔にしたり、愛犬をつれて歩かれたりした。近くの仙遊ヶ原地蔵堂は大師のそうした遊び場であったという。善通寺へ向かう道沿いに小高い山がある。山の名を甲山という。寺は山の裏側にあり、山門を入ると正面が本堂、左に大師堂、鐘楼毘沙門天の岩窟、右に護摩堂、庫裡がある。 大師が善通寺曼荼羅寺の間に伽藍を建立しようと、その霊地を探していたら、甲山の麓の岩窟から老翁があらわれ、暗示を受けた。大師は歓喜のあまり、石を割いて毘沙門天の尊像を刻んで岩窟に安置し、供養された。その後大師は京都におられたが、弘仁十二年(八二一)満濃池築造の別当に任ぜられて当地へ赴任し、薬師如来を刻んで工事の成功を祈願した。その徳を慕う数万の農民によって工事は完了した。そこで堂塔を建立し、薬師如来を本尊として安置したという。☆ (四国ネットより)

甲山寺の山門

山門を入ると左手上に鐘楼が見えます

甲山寺の鐘楼と、本堂(右)

甲山寺の大師堂

甲山寺の大師堂と本堂、中央の小さな祠に子安地蔵が祀られています
]
甲山寺の境内

甲山寺の大師堂と本堂

甲山寺の親子地蔵像

甲山寺毘沙門天尊岩窟と親子地蔵尊

淡島大明神

池と地蔵

池と地蔵

甲山寺の中門と本堂

納経所で宝号印を納経帳にお納経、本尊御影と平成28年閏年参拝記念の散華を頂きました

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74番甲山寺から73番曼荼羅寺/72番出釈迦寺へのルート (2.6km)/6分
74番甲山寺の駐車場から市民球場まで戻り (450m)/1分
そのまま県道48を (1.2km)/3分
「松阪焼肉本店」の信号を左折すると(曼荼羅寺/出釈迦寺の表示)あり (500m)/1分
「京都みやま団地」の角を(曼荼羅寺/出釈迦寺の表示あり)右折 (500m)/1分
曼荼羅寺の駐車場に到着 (72番出釈迦寺は徒歩で往復する)